姫島七不思議:浮田 | 古代文化研究所:第2室

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○前回、「姫島七不思議」及び、「姫島七不思議」のうちの一つ、『阿弥陀牡蠣』を案内した。その『姫島七不思議:阿弥陀牡蠣』には、次のような案内板が設置してあった。

      姫島七不思議

      阿弥陀牡蠣

   燈台の崖下、海蝕洞窟の中に、 

  海面から二メートルぐらいのとこ

  ろに無数の牡蠣が群棲している。

   その牡蠣が阿弥陀三尊の形に

  似ているので阿弥陀牡蠣という。

   その牡蠣を食べると、腹痛を

  起こすという。

     如何で我れ

     興津幾里を

     廻りつつ

     龍の宮居に

     舟や停めけむ

  この歌の作者は江戸後期の作家

          柳亭種彦

  歌碑の揮毫は本村出身の書家

          山下静雨

○案内板の隣に、歌碑が存在した。その写真、及び説明はブログ『姫島七不思議:阿弥陀牡蠣』に載せているので、そちらを参照されたい。

○その『姫島七不思議:阿弥陀牡蠣』から少し下ったところに、『姫島七不思議:浮田』が存在した。そこにも同様の案内板が設置してあって、それには、次のようにあった。

      姫島七不思議

      浮田

   お姫様(比売語曽の神)が、島民を

  救済するため、夫婦大蛇の棲んでいる

  池を埋めて稲田を造ったが、その時

  過って雌の大蛇を埋めてしまった。

   そのため田が揺れるというので

  浮田と呼ばれている。

   雄の大蛇は平群島(山口県)に渡り、

  この島の池に棲んでいるという。

     多萬ちはふ

     神代も聞かず

     白波の

     上に漂よふ

     浮田ありとは

  この歌の作者は江戸後期の作家

          柳亭種彦

  歌碑の揮毫は本村出身の書家

          山下静雨

○案内板の和歌は、おそらく、柳亭種彦の表記をそのまま借用したものであろう。現代人には極めて判り難い表現となっている。それで、意味を考えて表現を改めた。その方が判り易いと判断したからである。

○ちなみに、ウイキペディアフリー百科事典が案内する柳亭種彦は、次の通り。

      柳亭種彦

柳亭 種彦(りゅうてい たねひこ、天明3年5月12日1783年6月11日)- 天保13年7月19日1842年8月24日))は、江戸時代後期の戯作者。長編合巻偐紫田舎源氏』などで知られる。通称は彦四郎、別号に足薪翁、木卯、偐紫楼。『浮世形六枚屏風』は1847年のドイツ語訳を皮切りに英伊仏訳が出版され、欧米で翻訳された最初期の日本文学と言われる。

  柳亭種彦 - Wikipedia