○2025年10月4日から8日に掛けて、南薩摩周遊旅をして来た。今日は、もう2月17日だと言うのに、まだ、その話をブログに書いている。なかなかブログが先に進まなくて困っている。こういう話はタイムリーなのが一番なのに。
○開聞岳に登り、枚聞神社へ参詣して、これまで、ブログ『開聞岳に登る』、『薩摩国一之宮(枚聞神社)参拝記』、『ひらききのかみやまが開聞岳であること』、『ひらききのみみなしやま』、『たまだすきうねびのやま』、『大和三山』と、続けて来た。
○こうなると、次はブログ『邪馬台国の風景』を案内するしかない。三世紀の日本を1986字で案内するのが中国の正史、「三国志」である。実際、原文がどんなものかは、次のブログに書いている。
テーマ「日向国の邪馬台国」:ブログ『史実としての邪馬台国』
○僅か1986字。しかし、それを読み解くことは至難の業である。その証拠に、これまで「三国志」を読んで、倭人条1986字を解読した人は、当古代文化研究所を除いて、誰も居ない。○何故、そんなことが判るかと言うと、「三国志」倭人条1986字の主題を、誰も明らかにしていないからである。書物を読んで、その主題すら、明らかに出来ないようでは、到底、その書物を読んだとは言えない。
○、「三国志」倭人条1986字を何度も読み続けると、おのずから、その主題が見えて来る。「三国志」倭人条1986字の主題は、倭国三十国の案内にある。そして、それは次のように案内される。
【渡海三国】
・狗邪韓国・対馬国・壱岐国
【北九州四国】
・末廬国・伊都国・奴国・不弥国
【中九州二十国】
・斯馬国・巳百支国・伊邪国・都支国・邇奴国・好古都国・不呼国
・姐奴国・対蘇国・蘇奴国・呼邑国・華奴蘇奴国・鬼国・為吾国・
・鬼奴国・邪馬国・躬臣国・巴利国・支惟国・烏奴国・(奴国)
【南九州三国】
・投馬国・邪馬台国・狗奴国
○誰が、何時、何処で読んでも、そうなる。そうならないのは、「三国志」倭人条1986字が読めていない証拠である。もっとも、「三国志」をものした陳壽は、「三国志」倭人条1986字が読みたければ、会稽か寧波で読めとも諭す。それが理解できないようでは、到底、「三国志」倭人条1986字は、読めない。
○当古代文化研究所では、「三国志」倭人条1986字を読むために、わざわざ、中国浙江省の会稽に4回、寧波には8回、訪れている。そういうことを、「三国志」倭人条1986字が教えてくれる。
○前回のブログ『大和三山』で、奈良県橿原市に存在する大和三山、
畝傍山(うねびやま、199m)
香具山(かぐやま、152m)
耳成山(みみなしやま、140m)
はレプリカだと断じた。加えて、本物の大和三山が、
うねびやま=霧島山(1700m)
かぐやま=桜島山(1111m)
みみなしやま=開聞岳(924m)
だと案内した。
○しかし、大和三山が二つも存在しては、何とも紛らわしい。それで、当古代文化研究所では、奈良県橿原市に存在する大和三山を、そのまま大和三山とし、本物の大和三山の方を邪馬台国三山と命名して、区別している。
○もちろん、そこが「三国志」倭人条1986字が案内する邪馬台国の地だからである。そこに屹立する山が邪馬台国三山、
うねびやま=霧島山(1700m)
かぐやま=桜島山(1111m)
みみなしやま=開聞岳(924m)
だと言うことになる。
○今回、ブログの表題を『邪馬台国の風景』としたのは、そういうことである。邪馬台国を代表する風景こそが邪馬台国三山なのである。つまり、邪馬台国を語るのに、邪馬台国三山は避けて通れない。それが邪馬台国三山の存在なのである。
○大和国へ移住した古代人がその地名を大和国とし、そこに、わざわざ、大和三山を勧請した。それが大和国の大和三山なのである。ある意味、大和国唯一の大和地名を冠した地名である。それが大和三山なのである。





























