4年前、私はワーキングホリデーでカナダに行っていた。

最初のプランはカナダで働いて大学に行くことだった。今考えるとなかなか計画性もなしによく行こうと思ったなというほどに無計画だった。

語学学校に半年

ホームステイ1か月→その先未定

働きながら勉強を続けて、その学校にあるカナダでの大学試験資格を取得

語学学校卒業後、もう少しお金をためてから大学支援に挑む

 

もともとカナダに留学していた個人エージェントの方と相談して決めたプランではあったが、現実を思い知らされることとなる。

 

初日

そもそもカナダについた瞬間から、トラブルの連続だった。

飛行機の着陸後、入国管理局に行きその場で発行されるワーキングホリデービザをもらうのだが、私の担当者はかなり悩んでいた。いわれるがままにホームステイ先の住所、ワーキングホリデービザの申請許可書、学校の入学許可書を提出した。まさかの担当官は悩みぬいた末、

 

「君のワーキングホリデービザは郵送することにする。多分2,3週間後に届くと思うよ」

 

え?郵送?

ほかの審査官たちがいろんなビザをその場で発行しているのを見ながらなんで私だけ郵送なんだといくら聞いてもオウムかのように同じことを言われるだけで結局もう荷物を取りに行けと言われた。今思えばこの時の私の英語力はまだ毛が生えた程度。あまり彼が何を言っていたのか理解できていなかったのだろう。

 

ひとまずシムカードを入れ、エージェントの方にビザがもらえなかったことを報告。何人もカナダに人を送ってきた彼にも初めてのことだったらしい。何といってももらえなかったものは仕方ない。ホームステイ先の家に向かわなければ。

 

私はかなりの小心者なのでスマホがないと生きていけない。いったん空港内でWi-Fiを切り、ホストファミリーに今から家に向かいますという連絡を試みた。

 

が、なぜかこのスマホ、いやこのシムだろう。死んでいる。何もしない。なんちゃっての電波だけ立てながら、Wi-Fiがなければ何の役にも立たないくそになってしまった。

 

大量の荷物と私、まだ時刻朝7時。節約のためバスで行こうとしていたが、空港から家まで1時間50分。約2時間をあてにならないスマホと始めてきたカナダで小旅行をはじめられるほど小心者の私は強くない。

 

家族とエージェントの方にまだ初日だからと背中を押してもらい、私はなかなかのスーツを着たなかなかに高そうなタクシーのおじさまに家まで連れて行ってもらうことにした。

 

インド系タクシードライバーのおじさまから教えてもらったのは、

 

カナダの面白いとこらは空港からホームステイ先の家まで片道バスで約2時間、ところが車で行けばなんと30分もかからないそうな。素晴らしい交通網だ。さすが車社会カナダ。「あれを見ろ、あれはもうすぐ地下鉄の駅になる」といわれて見れば、ただの更地。「駅ができるころには俺は3人の孫ができてるよ」なんて言っていたが彼の子供は誰一人結婚すらしておらず、彼氏彼女すらいないようだ。日本にいた時から聞いていた通り「彼の息子の嫁に来ないか。君は異文化だし特に日本人だから結婚の支度金もいらないよー」なんてことをただタクシーに乗り込んできただけのちび日本人の私に陽気に言ってくる。

この「息子、甥、私の嫁に来ないか」というくだりは、カナダに来た日本人は何回も経験したと思う。

 

そんな感じですぐ家についた。小心者の私はかなりインターフォンを押すのですら緊張した。かなたの一軒家には家ごとに番号が書かれていて無駄にその番号が本当にあっているかを確認していた。一応チップもつけて70ドルを払った後でもタクシーのおじさまはなぜか見守ってくれていて、代わりにインターフォンを何回も押して、家の人が出てくるまで待ってくれていた。

かなり短気なおじさまは出てこないからと何度も扉をたたき窓から窓越しに中まで覗いていた。一応到着時刻と早朝についてしまって大丈夫かの確認をホストファミリーに話していたので、家を間違えたかとは思いつつ二人で待っているとかなり陽気なフィリピンママが出てきてくれた。

飛行機の乗り換えで何度も練習した初めのあいさつを何故かタクシーのおじさまがして、荷物を運びこみさっそうと帰っていった。めっちゃいいおじさまやん。

 

もう本名は忘れてしまったが、ホストマザーがママって呼んでといわれたので家を退去するまでママだった。

ママに家中を案内してもらい、家族も紹介してもらった。最初にエージェントの方にもらっていた家族資料では3人家族、ホストマザー、ホストファザー、その息子。

「3人家族なんだよね」と聞くとなぜかきょとんとされ、わらわらと人が出てきた。

ホストファミリー(父、母、娘、娘2、息子、息子2、犬)この時点で行ってみないとわからないものだなと思いつつ、それ以上に家の中に人がいるので聞いてみると、ベースメント(地下)にはホストファミリーの友達家族3人と2階には、部屋を貸している生徒私除いて2人いるとさらっと説明された。

つまり私を入れると12人プラス犬1匹が住んでいるということになるらしい。なかなかの大所帯だ。

 

朝ごはん食べると聞かれてお父さんに大丈夫と伝えていたが何故か一生懸命卵を焼き始めていた。時差の眠気が恐ろしくあったが最初だし仕方ないかと思いそのままキッチンでみんなと話していた。おそらくこれがいけなかった。この後いらないと言おうが行かないと言おうが何故かそのNOは彼らに通じなくなる。

 

朝食を私、私より1時間先にホームステイを始めた韓国人の姉さん、ママ、以降パパとお互いのことを話しながら食べた。

パパは日本そして韓国に住んでいたらしく、そこでの仕事や、恋愛、どれだけ日本人と韓国人に助けられてきたか、どういう経緯でカナダに来たなどをなかなかに熱く語ってくれた。何故か途中フィリピンの言葉タガログ?を混ぜ込んでくれたのでよくわからなかったが楽しかった。そして我々ホームステイ学生の生い立ちのどを伝われというなけなしの英語力で伝えた。

もっと話しなさいと言われたがどちらも消極的な性格、初日の緊張、強烈な眠気というのも相まって、なかなか満足はしてくれなかった。

 

何とか満足してもらい、部屋に帰って爆睡していた。

部屋をノックされて目が覚めるとまだお昼過ぎ。寝かしてくれと起きるとママが

「寝すぎると時差ボケするからみんなで教会に行こう」

クリスチャンだったらしい。無宗教だがなんちゃって仏教徒な私が行っていいものかわからなかったが、とりあえず連れて行ってもらうことにした。隣の部屋の韓国人姉さんも誘ったが、全く起きなかったらしい。

そんなわけでママ、パパ、息子二人、私で行くことになった。娘二人は最近かたくなにいかないらしい。

ついてみて驚いたが、98%フィリピン人、そして当たり前だがそんなコミュニティの中で誰も英語は話さない。なかなかにアウェイを感じながら見様見真似のお祈り、歌、ダンス、軽食を挟んでまたお祈り、誰かのスピーチ、おそらく最近あったいいことかキリストさんに救われたみたいな話?を聞いたりした。

これがまた、長い。長すぎる。

1時に教会について6時に解散した。

 

そんなこんなで長いカナダの1日目が終わった。