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志々島盆踊唄・7


鞆の港は 源氏の港


      上り下りの 頼朝じゃ




島では ものを煮たきする土間を


   かまや といって


そこに火床が四つほど しつらえてあり


  小さい火床が三つ

       大釜用が一つ 


   計・四つあった  カルシファー



当時 燃料は すべて 薪 で


コクバ を 焚き付けに

   雑木・松・くぬぎ の わり木を使った



島には 山らしい山が無く

  焚き木には 苦労したようです


     ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


※ 今でこそ 木だらけとなっていますが

   当時は 島全体が 花で 埋め尽くされて

   いたのです  



木が 勢いよく燃え

  端の方から

    「 ピユー 」 と音がすると


 『 船玉さんの お出ましじゃ 


と言って 大漁の兆しと

縁起のよさを 喜んだようです  ヽ(゜▽、゜)ノ




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 火吹き竹

  

   ほうかんばちを



     ふくらませ



幼い頃

 竹筒に穴を開けたものを

 口にあて

 プープーと

 ほっぺたを

 ふくらませながら

 火をおこした記憶は

 鮮やかに残っています

 



    








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 先日

 島の人総出で


 十握神社周辺の


 掃除がありました







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 お婆ちゃん達は


   この状態・・・



     (*゚ー゚)ゞ



志々島盆踊唄 6


親子船かや 銭ない船か


    花の御手洗 見て走る



だんだん 暖かくなってきましたねぇ *さくら*


私が 子供のころ  さぎっちょ  といわれる行事がありました 


※旧暦正月十五日が来ると

 しめ縄を焼却する 左義長 の行事があり

 島では どんど焼き右矢印サギッチョ と言った



子供達は 家々を回って〆縄を集め 駄賃をもらい  ヽ(゜▽、゜)ノ


大人達は お供えしてあった カンノメ 

   他の お供え物といっしょに持ち寄る。


もうもうと立ち昇る 煙の中で

それぞれが持ってきた

  棒の先に 針金で吊るした

       カンノメ が焼かれたのです 炎



この カンノメを食べると


夏病みをしない・・・といわれ


炭のように 真っ黒になった カンノメ

   我先にと 食べたのを 覚えています  あ~ん





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  この 燃え上がる様子から


      どんど焼き 」 

 

      となったのかも・・・・・・





  カンノメ とは 

米の粉の団子

   

     


  
































先ずは お詫びいたします ごめんなさい


『 瀬戸内海放送:スーパーJ 


前回  3月7日の放映と記載したのですが・・・・・・


   何と!!


昨日の夕方に 放映されていました ( ̄□ ̄;)!!



放送局の方は 確かに


『 水曜日 』 って言ったのに 泣き3





楽しみに してくれていた方がいたら


本当に ごめんなさい ・°・(ノД`)・°・