
私(院長田村)は
スティーブンキング原作の映画が好きで
すべてではありませんが
ほぼ見ています
そんななかで
ミストはかなり好きな映画です
TV録画したのを含めると
かるく数十回は視聴しています
ミストを何回も視聴していると
いろいろ視点が変わってきますね
今回は ミストを何回も見た人や
ミスト好きな人向けの内容となっております
今回着目した人物は
ブレント・ノートン(ニューヨークの弁護士)

ノートンの性格を端的に言うと
プライドが高く
都会的なエリート意識を持ち
独善的(自分は絶対に正しい!と言い切るタイプ)で
頑固な性格です
ノートンは主人公デヴィッドの
近隣住民で
境界線を巡る訴訟問題で対立しており
関係は非常に険悪でした
ある日 大きな嵐で
ノートンの私有地にある枯れ木が倒れ
デヴィッドのボート小屋が壊れました
デヴィッドがその旨を
ノートンに伝えに行くと
ノートンの車も
倒れた木の下敷きになり 使用不能になっていました
もともと二人は土地の境界線をめぐる
訴訟問題で激しく対立しており
非常に仲が悪かったのですが
ノートンは 車が使用不能なため
もし町(スーパーマーケット)へ行くなら
乗せっていってくれと
デヴィッドに申し出ました
デヴィッドは 快く申し出を受け入れ
デヴィッドと息子のビリーと
ノートンの3人で町のスーパーへ向かいました
そしてスーパーで買い物をしている最中
突如として町に緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響き
店の外をパトカーや軍の車両が
慌ただしく走り去り
客たちが ざわつき始めます
そこへ、一人の初老の男性が
鼻血を出しながらパニック状態で店内に駆け込んできます
彼は
「霧の中に何かがいる!」
「奴らがジョン・リーを連れ去った!」と絶叫し
周囲に恐怖を伝染させます
その直後、巨大な霧が
スーパーを飲み込み 視界が遮られてしまいます
同時に激しい揺れ(地震のような衝撃)が店を襲い
一部の棚が崩れるなどして
客たちの不安は頂点に達します
そして この霧をただの気象現象だと
信じる人や
軍の極秘プロジェクトの事故だと
考える人がいました
アローヘッド計画:
異次元の窓(ポータル)」を
開ける実験
本作(ミスト)では
実験中に次元の壁を突き破ってしまい
そこから異世界の濃い霧と
その中に生息する異形の生物たちが
現実世界に流れ出しました
要するにこの霧は
単なる気象現象ではなく
物理的に別の世界から侵食してきたものであるため
その中には地球上には存在しない
危険な怪物たちが潜んでいました
ただし 軍の極秘プロジェクトの話は
「陰謀論扱い」されており
真に受ける人は あまりいませんでした
そんな中 一人の女性が

「家に子供がいるので助けに行きたい」
「誰か私を家まで送ってもらえませんか」
とお願いします
しかしほとんどの人が
彼女と視線を合わせず
無言の拒否を示す...
彼女は一言
「みんな地獄へ落ちてしまいなさい!」
と捨て台詞をいい
一人外へ飛び出します
結論を言ってしまうと
この母親はエンディングの場面で登場します

子供を助け出し
家族ともども救出されたようです
この結末は、理屈や計算を超えた
無償の愛こそが 唯一の正解を導き出したという
非常に皮肉で強烈なメッセージが込められています
このシーン(上の写真)で
トラックに乗った母親の視線の先に
絶望するデヴィッドがいました
この目は
冷ややかな目にも見えるし
デヴィッドが気の毒というか
悲しげな目で見つめているようにも見えるし
「なぜあなたは、最後まで信じて(諦めずに)行動しなかったのか」
と問いかけているようにも見えます
デヴィッドは良かれと思って
最後まで仲間や息子を守ろうと
合理的かつ慎重な判断(頭脳判断)を積み重ねました
しかし、その慎重さが裏目に出て
最後に最悪の選択をしてしまいました

一方で、死にに行くようなものだと
誰もが止めた母親の行動(無償の愛の行動)こそが
唯一の生存ルートだったという
そんな結末(メッセージ)で幕を閉じます
さて話の続きに戻ります
母親が一人 外へ飛び出したあと
デヴィッドが息子ビリーのために
毛布を取りに倉庫へ向かったところ
発電機から煙が出ているのを発見し
急いで停止させました
発電機を調べた結果
外の排気口に何かが詰まっていることが判明しました
それから排気口に詰まったものを取り除くために
スーパーの従業員(ノーム)と
地元の機械に詳しい作業員たちが倉庫へ向かいました
そしてシャッターを開け
外に出ようとするノームを
デヴィッドは
「危ないから止めておけ!」と制止します
しかし ノームと作業員たちは
デヴィッドを臆病者と嘲笑い相手にしません
そしてノームが外に出ようと
シャッターを開けた直後.......
霧の中に潜んでいた巨大な触手を持つ怪物に襲われ
最初の犠牲者(ノーム)となってしまいます

このシーンで、
霧の中に恐ろしい怪物が実在することが判明しました
この事実を目撃した生存者は
デヴィッドとオリー(スーパーの副店長)
地元の作業員2人の 計4人でした
そして彼ら4人は
この事実をみんなと共有し、対策を練ろうとしました
しかしながらいきなり
事実を喋ると多くの人がパニックになると考え
デヴィッドは まず最初に
頭の切れる(口達者な弁護士)ノートンに この事実を伝えました
しかしながらノートンは
この話し(事実)を戯言と断定し 完璧に拒絶します
このシーンでノートンは
自分の知性や法的な論理(教科書や一般常識)の範疇に
入っていない現象(話し)を徹底的に否定するという
そんなタイプの人物ということがわかります
ノートンは
「これは軍の実験か何かの事故であり
怪物がいるなどという話しは田舎者の妄想やいたずらだ」と主張し
現実を受け入れようとしません

そして自分の正しさを証明するために
周囲の制止を振り切って
外に助けを呼びに行くと言い張り
同様に現実を信じられない数人の生存者を連れて
霧の中へ出て行ってしまいます
それ以降 ノートンとその連れたちは
再登場しません
おそらく怪物に襲われて
●んだと受け取るのが妥当と 私(院長田村)は思います
AI解説によると
ノートンが説得に応じなかった理由
ノートンは都会のエリート弁護士としてのプライドが高く
田舎町の人々が自分をからかおうとしている
もしくは 過去の土地境界線を巡るデヴィッドとの確執の仕返しと思い込んでいました
怪物の触手などの決定的な証拠を突きつけられても
彼は それを 手の込んだいたずらや あり得ない超常現象として切り捨て
論理的に説明できない恐怖を認めようとしませんでした
「こんな非常事態が起きるはずがない」という思い込みが強く
論理的(弁護士的)であろうとするあまり
目の前の非現実的な事実を排除してしまいました
デヴィッドを「田舎者」カーモディ夫人を「狂人」と見下しており
誰の意見も聞き入れない孤独なエリートという立場を崩せませんでした
彼は「自分たちの力で外へ助けを呼びに行く」という一見 合理的に見える
(しかし霧の中では致命的な)判断を下し
数名の賛同者と共にスーパーを去ってしまいました
彼の退場は、スーパー内の人々を「狂信的な宗教グループ(カーモディ夫人)」と
「冷静な現実主義グループ(デヴィッドら)」の二極化へ
加速させるきっかけとなりました
このキャラクター(ノートン)の頑固さは
極限状態における人間の心理的防衛反応(正常性バイアス)を
象徴するものとして描かれています
ノートンを説得するために試みられたことや
なぜそれが通じなかったのかを整理します
デヴィッドたちは、倉庫で若者(ノーム)が触手に連れ去られた際
その切り落とされた触手という決定的な証拠を持っていました
しかし、ノートンはこれを見ることすら拒否しました
彼は「自分をバカにしている」
「手の込んだ悪ふざけだ」という先入観に固執しており
証拠を見ること自体が
「相手の術中にはまること」だと考えていました
もし ノートンを説得できる可能性があったとしたら?
物語の展開上、彼が納得する唯一の方法は
「自分の目で直接、怪物が人間を襲う瞬間を見る」ことだけだったと考えられます
デヴィッド(確執のある相手)ではなく、ノートンが信頼を置く
「都会的な価値観を持つ第三者」がいれば話は違ったかもしれませんが
当時のスーパー内には彼が同等と認める人物がいませんでした
また 先に紹介した母親は
「私を家まで送ってくれませんか?」
「あなたはどう?」と直接ノートンに直訴します
しかしながら その時のノートンは
(怯えたような感じで)視線をそらし
下を向き、無言の拒絶を示しました
この場面の ノートンの心理描写はなんだったのか
AIに尋ねると
ノートンが、幼い子供を家に残してきた母親の必死の訴えを拒絶し
目を逸らして逃げたのには
彼の「エリートとしての冷徹な合理性」と「臆病な本性」が表れています
彼が下を向いて逃げた理由は、主に以下の3点に集約されます
ノートンは口では「霧の中に怪物などいない」
「ただの事故だ」と強がっていましたが
本能的には外の世界が「死の危険」に
満ちていることを察知していました
「霧の中に何かいる」と騒ぐ人々を馬鹿にすることで
自分の恐怖心を抑え込んでいたため
実際に出向いて助けるというリスクを
冒す勇気は微塵もありませんでした
弁護士である彼は
リスクとリターンを瞬時に計算する癖がついています
見ず知らずの女性と子供を助けるために
自分の命を懸けることは
彼にとって割に合わない選択でした
目を逸らしたのは
助けられない罪悪感からではなく
自分に関わりのない厄介ごとから逃れたいという
拒絶のサインです
ノートンは理論立てて議論することは得意ですが
母親の母性や無償の愛という
理屈を超えた訴えに対処する術を知りませんでした
正論(「外は危険だから無理だ」など)を言えば
冷酷に見え、かといって助けに行く気もないため
黙って下を向くしか出口がなかったのです
この場面は、物語の序盤で「知識や地位がある者(ノートン)」が
実は最も頼りにならず 自分のことしか考えていないことを
観客に印象付ける重要なシーンです
逆に、誰も助けに行こうとしない中で
一人で外へ飛び出したあの母親が 映画のラストであのような形で
再登場するのは
ノートンを含む「店に留まった(あるいは逃げた)大人たち」への
強烈な皮肉になっています
以上~AIによる解説
最後 小話を
2007年の全米公開時やその後の上映会において
オリーが狂信的なカーモディ夫人を射●した瞬間

客席から拍手や歓声が
沸き起こったというエピソードは非常に有名です
これにはいくつかの理由と背景があります
カーモディ夫人は、極限状態を利用して人々を洗脳し
罪のない人々を生贄に捧げようとする
映画史上でも屈指の「ヘイトを集めるキャラクター」として描かれていました
観客は彼女の理不尽な言動に強いストレスを感じていたため
オリーが引き金を引いた瞬間、「カタルシス(解放感)」が爆発したのです
撃ったのが主人公のデヴィッドではなく
物静かで控えめな店員の※オリーだったという点もポイントです。
オリー:スーパーの副店長を務めていた小柄な男性(オリー・ウィークス)ですが
実は射撃のチャンピオンという意外な経歴を持っていました

彼が「これ以上は許さない」と毅然とした態度で
(しかも完璧な射撃で)事態を収束させたことが
観客の心を打ちました
フランク・ダラボン監督自身も
試写会などで観客がこのシーンで盛り上がるのを目撃しています
しかし、監督はこの反応を単純に喜ぶだけでなく
極限状態では、観客でさえも
『殺人を正当化し、喜んでしまう』という人間の恐ろしさを
浮き彫りにする意図も含めて演出していました
この「観客をも物語に巻き込む演出」こそが
本作がカルト的な人気を誇る理由の一つです
以上です
こういった背景を踏まえ
もう一度みると また別の視点が出てきそうですね♪
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