
今回は ランボー4について
ちなみにランボー4は
残酷だとか
ホラーだとか
そういう意見も結構あるようです
しかしながら
脚本家であり
監督であるスタローン自身は
自身作のなかで もっとも気に入っている
アクション映画が
ランボー4とのことです
私(院長田村)も
ランボー4は人間の性(さが)が
描かれていて
これぞリアルな人間劇場と
感じており
それゆえに
ランボーシリーズの中で
もっとも好きなシリーズが
このランボー4なのです
またランボー4を
何度も見ていると
傭兵たち以上に

マイケルこそ
ボランティア支援団体のリーダー(医者役)
ランボー4の裏主人公に
相応しいのではないかと
私(院長田村)は感じました
そんな視点で
ランボー4を視聴すると
また別の楽しみ方ができます

ということで今回は
ランボー4が好きで
何度も視聴している人向けの
内容となっています
まず今回私(院長田村)が着目した
マイケルは
当然主役ではありません
脇役中の脇役です
しかしながら
あの一連の事件を通して
もっとも男を上げた(激変した男)のが
マイケルです
順をおって解説しましょう
AIによるとマイケルは
キリスト教系NGO(人道支援団体)の
リーダー(医師)です
彼らは過去何年にもわたって
毎年ミャンマー(ビルマ)を訪れ
カレン族などの少数民族に
医療品や食料を届ける支援活動を
行っていました
本劇中では、タイでボート屋を営む
ランボーに対し
マイケルが
「過去何年もミャンマーに行っているが
今回はさらに上流の危険な地域へ行きたい」
とガイドを依頼するシーンから
物語が動き出します
しかしながらランボーは
マイケルの依頼をキッパリと
断ります
ランボーは長年の戦場での経験から
銃弾が飛び交う地帯に
薬や聖書を持ち込んでも
根本的な状況(戦争や暴力)は
何一つ変わらないと確信していました
しかしながらランボーは
マイケルの恋人であるサラの
「何もしなければ、何も変わらない」
という
献身的な姿勢と説得に心を
動かされます

ランボーが
「それでも世界は変わらない、無駄だ」と
突き放したのに対し
サラは
「何もしないよりは、
何かをしようとする方がマシだ」と
説得しました
彼女の無垢で力強い信念が
ランボーの心を揺さぶりました
ランボーは マイケルの
「自分たちは世界を救える」という
高慢な思い上がりには
反発しましたが
サラの見捨てられた人々を放って
おけないという
そんな純粋で献身的な在り方に
心を動かされ
案内を引き受けることにしたのです
そしてボートでミャンマーに向かう途中
ランボー率いる一行は
武装した地元の海賊に遭遇します
海賊たちは通行料とサラ(女性ゆえに)を
差し出すよう要求し
彼女に手をかけようとしました
戦争現場をしっている
ランボーは
サラを差し出したら
サラがどうなるか
誰よりも深く理解していました
それゆえに ランボーは
瞬時に隠し持っていた拳銃で
海賊全員を射●します
この射●事件に対し
不殺生を貫く平和主義者のマイケルは激怒します
「いかなる理由があっても●人は許されない」と
このように主張するマイケルに対し
ランボーは
「彼女がどうなるか分かっていたのか?」
と問い詰め
理想だけでは生き残れない現実を突きつけました

この衝突により
両者の間には深い溝が生まれます
険悪な空気のまま目的地に到着し
ランボーは一行を降ろします
そしてミャンマーの岸に到着した際
マイケルはランボーに対し
「今回の件(●害)は、戻ったらしかるべき機関に
報告させてもらう」
と法的な処罰を求めることを示唆しました
ランボーにしてみれば
「命を助けてやったのに、訴えるとは何事だ」
という状況ですが
このマイケルの潔癖すぎる理想主義と
ランボーの冷徹な現実主義の対比が
この映画の大きなテーマになっています
おそらく
ほとんどのランボーファンは
マイケルは現実がみえていない
机上の空論者(夢想者)であり
それでいて
自分が正しいという
正義(似非正義)を振り回す
とても嫌な奴(厄介)という
そんな印象をもったのでは
ないでしょうか
むろん私(院長田村)も
そのような印象をもちました
それからランボーは
一人帰路についたのですが
その一週間後
アメリカの教会の牧師が
ランボーの元を訪れ
サラやマイケルたちが
ミャンマー国軍に拉致されたことを
伝えに来ました
そして その救出作戦を
傭兵たちに依頼したので
傭兵たちを現地まで運んでほしいと
ランボーに 依頼しにきたのです

ここからは詳細は省き
要点を...
結局
傭兵たちとランボーは協力して
サラやマイケルたちの救出へ
向かいます
サラは隔離部屋にいるため
サラの救出はランボーが
そして傭兵たちは
マイケル一行(グループ)の
救出へ向かいます
マイケルを救出したのは
傭兵のリーダー格のルイスでした
上写真のスキンヘッドの人
マイケルは
「サラはどこだ!サラを助けなければ」
と慌てふためきます
しかし実際問題
秘密裏の救出劇で
サラの救出はランボーに任せている
また適地なので
敵軍は何百人もいる
対して傭兵グループは
5人しかいない
そんな背景と
ルイスの性格も手伝って
ルイスはマイケルを投げ飛ばし
皮肉と嫌味と怒りを
込めた台詞を
マイケルに突き刺します
「神がお前たちを救ったんじゃない」
「お前たちを救ったのは俺たち悪魔(人●し)だ!」
この台詞は
机上の空論者(夢想者)マイケルに
厳しい現実(冷徹なる事実)を突きつけた
名場面の一つだと
私(院長田村)は感じます
この場面はAIによると
非暴力と信仰を重んじ
「神が守ってくれる」と
考えていたマイケルに対し
血生臭い戦場を生き抜いてきた
傭兵ルイスが
「実際に手を下して救ったのは
神ではなく
(お前たちが嫌う暴力を振るう)俺たちだ」
という
皮肉を込めて突きつけた
名セリフの一つとの解説がありました
そんな経緯を経て
マイケルは今までの「非暴力」という
強い信念が根底から崩れ去るという
精神的に 最も過酷な変化を遂げていきます

そして傭兵のリーダー格である
ルイスたちと
サラ以外の
マイケルとその仲間たちは
ミャンマーから脱出するために
ジャングルを通り抜け
川岸にあるボートへ向かうことになります
そしてジャングル地帯を
走っているとき
ルイスが地雷を踏み
足を怪我してしまいます
ルイスは痛みのあまり
大声を出し叫びました
そのとき咄嗟に
ルイスの元に駆け付けたのが
マイケルでした
「声を出すな!
敵に居場所がわかってしまう」
といいルイスの口を
手で塞ぎます
そして適切な処置を施し
簡易版の担架をつくり
ルイスを助けます
この場面 私(院長田村)は
とても感動しました
このときのマイケルの行動は
机上の理想主義者から
行動する男へ切り替わった瞬間といえます
あのシチュエーションで
マイケルが迷わず動けた理由は
勇気以上の変化があったからです
それまでのマイケルは
物事を理屈や道徳で判断する
頭の人(机上の空論者)でした
しかしルイスが重傷を負った
極限状態では
理屈を抜きにして
目の前の命を救う生存本能が
マイケルを動かしたのです
自分の嫌っていた暴力の専門家である
ルイスを
何の偏見もなく救出に向かった姿は
マイケルが人間的な強さを手に入れた
瞬間です
また この瞬間こそ
マイケルがルイスの信頼を
勝ち取った瞬間でもあり
ルイスのようなタイプは
口先だけの人間を最も嫌います
自分を見捨てて逃げても
おかしくない状況下で
非力なはずのマイケルが
必死に自分を救おうとしている姿を見て
ルイスはマイケルを
守るべき対象から 対等な仲間へと
格上げしたのではないだろうか?

またこの場面でマイケルは
臆病者でないことが証明されました
マイケルは暴力には
反対していましたが
決して臆病者ではなかったのです
これまでは
安全なところから吠えるだけの
机上の空論者にみえていたマイケルが
実は死の恐怖を超越するほどの
強烈な信念をもっていた
そんな人物だったのです
そんな工程を経て ジャングルを抜け
川岸近くに到着すると
そこにはミャンマー国軍が
大挙待ち伏せていて
傭兵たちとマイケルグループは
捕まってしまいます
そして全員横一列に
座らされ
銃●されるシーンになります
しかし間一髪
ランボーが敵軍の背後にまわり
武器を奪い
ミャンマー国軍に向かって
銃を乱射します


そこから傭兵たちと
マイケルグループは拘束を解き
戦闘を開始します
といっても
マイケル一行は素人なので
戦闘には参加できません
できることは
自分の命を守ること
つまり
身を隠すことしかできませんでした
それゆえに
傭兵たちとランボーで
戦闘をすることになります
そして乱戦の終盤になり
仲間に銃口を向けている敵に
気付いたマイケルは
咄嗟に敵に襲い掛かり
近くにあった石で敵の頭部を何度も叩き
●害します
このシーンは
とても印象的でした
語弊を生むかもしれませんが
名場面の一つだと私(院長田村)は思います
多くの人(ランボーファン)は
「よくやったマイケル!」
と感じたり
重く深いシーンと受け取ったのではないでしょうか
私(院長田村)もそのように
感じ 受けとりました
当初マイケルは
暴力では何も解決しないと主張して
ランボーを拒絶していました
しかしこのシーンは
平和主義者だったマイケルが
生き残るためには
野蛮な暴力に手を染めざるを得ないという
そういう
凄惨な現実に直面し 精神的に
変質した場面といえます
またAIの解説によると
マイケルは当初
「殺生は決して正しくない」という
絶対的な平和主義を掲げ
ランボーが自衛のために海賊を●した際も
「君は●人者だ」と激しく非難しました
しかし、救出作戦中に仲間が殺されそうになった際
彼はその信念を捨てて
敵を●害します
この瞬間 彼が大切にしていた理想の世界は
生存本能という「残酷な現実」に
敗北したのです
また銃ではなく
その場にあった「石」で泥臭く●害する描写は
文明的な理想を掲げていた
マイケルが、原始的で野蛮な暴力の世界へ
引きずり込まれたことを強調しています
この体験は、マイケルにとって
一生拭えない心の傷(トラウマ)と
なったことが推測されます
最後にランボーとマイケルが
視線を交わす場面では
マイケルは何も言わず ただ静かに会釈をします
これは かつてランボーを否定した
自分への恥じ入る気持ちと
「暴力によって救われた」という
矛盾した事実への無言の感謝が込められています
それまで安全な場所から
理想論を振りかざしていた彼が
自らの手を汚して泥にまみれたことで
初めてランボーと同じ地平に立ち
言葉ではなく行動で責任を取った
あの凄惨な行為は
マイケルが「守られる側」の存在から
過酷な現実を背負う「一人の男」へと
脱皮した儀式であったとも言えます
以上~AI解説
マイケルの変貌は
無垢な理想を捨て、残酷な真理を受け入れたことが
大きな要因となっています
ふたたびAI解説によると
彼が遂げた人間的な変化は
以下に集約されます
以前のマイケルは、自分の道徳観を絶対視し
異なる生き方をするランボーを「●人者」と
見下す傲慢さがありました
しかし、自らも石で敵を殺めたことで
「自分も状況次第では獣になり得る」という
人間の弱さと恐ろしさを知りました
これは、他者を一方的に裁くことをやめ
真の意味で謙虚になったという点での成長です
それまでの彼の平和主義は、
安全な場所で唱えられる「言葉」に過ぎませんでした
極限状態の中で「愛する者を守るために手を汚す」という
選択をしたことは
自分の信念の尻拭いを自分でするという
大人の責任を引き受けた瞬間でした
彼は戦場の現実を知ったことで
ランボーのような退役軍人が抱えるPTSDや心の闇を
知識ではなく「痛み」として想像できるようになりました
平和を願う気持ちは変わらずとも
そのためのアプローチは、より現実的で
かつ戦う者への敬意を伴ったものに変わったはずです
総じて、彼は「純粋で無知な善人」から
「自らの罪を自覚した賢人」へと変化しました
それは彼から晴れやかな笑顔を奪ったかもしれませんが
人間としての深みは以前とは
比較にならないほど増したと言えます
「祈れば世界は平和になる」という
ナイーブ(無垢)なキリスト教観は捨て去ったはずです
悪魔のような残虐性が実在し
時には暴力でしかそれを止められないという「この世の闇」を
認めた上での
より現実的で重々しい宗教観を
持つようになります
マイケルにとって、あの瞬間は
「神が救ってくれるのを待つ時間」ではなく
「自分の手で現実を動かさなければ、サラも自分も無残に殺される」という
極限の現実に直面した瞬間でした
彼が石を手にしたとき
頭の中にあったのは聖書の教えではなく
目の前の泥や血、そして仲間の悲鳴だったはずです
彼はあの凄惨な戦場を通じて
「神はあそこにはいなかった」という冷酷な事実を悟ったのでしょう
祈りが通じない場所で、自分たちを救ったのは神の奇跡ではなく
ランボーという一人の男の圧倒的な暴力と
自分自身のなりふり構わぬ生存本能でした
彼にとっての成長とは
目隠しをしていた「信仰」という名の理想を取り払い
「世界は残酷であり、守りたいものがあるなら自分も残酷にならざるを得ない」
という道理を直視したことです
さらにマイケルとサラの後悔について
これまたAI解説です
マイケルは強く後悔している可能性が高いです
しかし、それは「ミャンマーに行ったこと」そのものよりも
自分の無知と無力によって
仲間を死なせ、自分も殺人者になったことへの後悔です
彼は自分の理想が戦場では何の役にも立たず
むしろ周囲を危険にさらしたことを思い知らされました
自分が否定していたランボーの「暴力」がなければ
サラを守れなかったという事実は
彼のプライドと信仰を深く傷つけ
一生消えない悔恨として残ったはずです
サラの場合、単純な後悔というよりは
「重い代償を払ったという受容」に近い感情でしょう
彼女は自分の意志でランボーを説得し
危険を承知で現地へ向かいました
仲間が犠牲になったことには
強い責任と痛みを感じているはずですが
彼女の信念はマイケルほど折れていません
また、彼女がいなければランボーは
永遠にジャングルで孤独なまま死んでいたはずです
ランボーを故郷へ帰すきっかけを作ったという
点において、彼女は自分の行動に
一点の光を見出しているため
全てを否定するような後悔はしていないと考えられます
二人がアメリカに帰り、
平和な日常の中でふとした瞬間に思い出すのは
ジャングルの美しい景色ではなく
自分たちの甘さが招いた凄惨な死と
自分たちを救うために
地獄を現出させたランボーの背中です
あの旅の後悔は、行かなければよかったという
単純なものではなく
世界は自分たちが思っていたよりも、
ずっと残酷で救いようがなかったという事実を
知ってしまったことに対する
消えない喪失感のようなものだと言えるでしょう
以上~
AIの解説は凄いですね
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