SWINGの歌手紙 8月になると終戦前日までの
悲惨な空爆の情景を思い出します。当時は12歳でした。
暑い日が続きます、11時半現在薄曇り日差し優しく!
風が部屋を通り抜けて行く!!
東の空やや青空がのぞいている。
北の空
南の空から黒ずんだ雲が北上している、にわか雨が来る予感!
西の空をたどってゆけば瀬戸大橋が見えてくる?
子供の頃は大阪北部の農村地帯の丘の上に住んでいました。
北は京都の山々から
茨木、高槻の山を西の方に辿れば大阪城の先には神戸の山々、
西に視線を移せば淡路島がかすかに望めました。
8月になればいつも思い出します、終戦の前の状況です。
この地理的な感覚はあの悲惨な空襲で覚えたものです。
なぜなら空襲の前日に米軍機からビラが空中散布されて
何日の何時どこどこを空襲するから一般市民は避難するようにと
予告していたからです。
米軍にとっては余裕の戦争だったのですね?
私たちは本土決戦に備えて竹やり訓練でした。
時々この田舎村にグラマンが飛来し操縦士の顔が見えるくらいの
低空飛行で遊んでいました。
住居が丘の上で前は田園が広がっていましたので、私の目線とは
水平になりますので、顔が見えました。
何を思ったのか田んぼのあぜ道に向けて機銃掃射をしていました。
後でその薬莢を拾いに行ったものです。
子供心に勝てない戦争を実感して、本土決戦で米軍と刺し違えてと
死を覚悟していました。