中級貧乏大学生奮闘記
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第十五回・買物闘争其の三



夏である。
夏といえば暑いこれは誰もが身を持って知っていることだろうしかし、そこには様々な金銭的駆け引きが発生することを上層階級の輩は知らない。
こと衣服たる面倒事が一度これ発生すれば、私の脳内会議はまさに有頂天な盆踊りをしながら最高潮の大騒ぎに達する。

今私は天下の服所たるユニクロにてこの脳内会議を開いている。 眼前にあるは何の変哲も無い半袖無地の白いワイシャツであるそれは問題ない。問題は私の所有するワイシャツが長袖しか存在せぬ点にほかならない。
私は貧乏性であるが故にワイシャツなど袖をまくれば半袖になろうと高をくくり、今日までこれに準じて過ごしてきたのである。しかしさすがに炎天下の中俄然として長袖を貫き続けるのにもいささか限界とむなしさを感じてきた。
だが実際に現物とその値を目にするや私は手を止めてしまう。何を隠そうこれは二着を購入しなければ安くならぬのだ。
つまりはここで半袖シャツに食費3日分を支払えと言うのである。三日三晩飯の飯が半袖へと消えるのはさすがに悩まざるを得まい。さりとてこのまま引き下がっても値上がり時に泣く泣く買いに来る悲しみを背負う羽目にはなりたくないという押し問答が延々続いた結果、私は判断先送りという最終案を提示した。
そうして先日お釈迦になったズボンの代わりにと一番安いものを手に取りレジに進んだ。
しかしぬかり無き行為に思えた私の購入計画はここであろうことか粉砕された。
レジに表示された値段が明らかに千円以上違うのである。
おかしい、何度も商品名と表示値段を確認したはずである。購入後改めてその棚を見直したがその表示は変わらない。しかし隣に同じ商品名で別の値段が表示されているのを目の当たりにし、私はこの現象を理解した。
値札の交換忘れである。つい昨日辺りまでこの値であったのをそこだけ回収し忘れた結果がそれであり、値段ばかり気にしていた私はまんまとそれだけをダイレクトに発見してしまったのだ。
よもや大衆の味方私の味方であると思いこんでいたユニクロにこんな仕打ちを受けるとは・・・。
あてつけか?これはあてつけか?貴様のような貧乏人はユニクロに来るのもおこがましいというのか?私が値札を見過ごしたとするならそれでよいしかしこれはあまりに酷い仕打ちではないか。
そう思いつつ私は紳士にこれを受け入れそそくさと帰路についた。
もめ事は金を払ってでも避けたいものである。

第十四回・意外な娯楽ここにあり



ここにロールパンがあったとする。
5個入りの平凡なものでパン屋から買い付けたものでなくスーパーの菓子パンコーナーから調達した誰もが目にすることであろうそれである。
普通はこれを朝食に食う場合どうするだろうか?
まぁ包丁で2つに切り分け何か挟むかバターを塗って焼くかといったことをするのだろう。


ここに一人の男がいる。
できたての寝癖を手でがしがしと直しつつ上記のようなロールパンの前にその男は立っている。
そしておもむろにその袋の中から一個を取り出すと男はそれをいきなり食べ始める。
もしゃもしゃという効果音が似合いそうないかにも起きがけといった顔でそれをほおばる。ほおばりつつ牛乳を飲む。
誰に言われるでもなく冷蔵庫の前で小さな立ち食いを再現しているこの男が私と思っていただければよい。


早めに起きた場合の早朝のテレビを私は密かに楽しみながら飯を食う。
言わずもがな通販番組があるからだ。
特にマジックブレッドなる海外の商品を紹介している場面に奇遇にも遭遇した場合私は心の中で密かに喜びながらこれに目を向ける。
何を好き好んでと思うだろう。私は別段生粋の通販好きというわけではない。
ではなぜそんなものを観るかといえばまぁ観ていただければ分かる。
テンションが高いのだ。
近年量産型のよく分けの分からぬ番組や中途半端に似たような顔で語られる同じ内容の暗いニュースばかり見て気分が悪くなる中、ふと早朝にテレビをつけてみるとどうだろう。
なんと突き抜けているのだ。
もはや有無を言わさぬと言った圧倒的明るさと突き抜け加減である。
この大不況だのなんだのと悩んでいた自分が馬鹿らしくなるというくらいに突き抜けた明るさを誇るこれらの通販番組に私は元気付けられる。
思わず突っ込みたくなるようなトンデモ理論をこれでもかと押し通す様は圧巻であり、ごはんが見えなくなるくらいかけられたふりかけを連想させられるような孤高で圧倒的な姿である。
ここにこれでもかとライトばかり当てまくって暗い部分を極力削ぎ落とした様はもはや芸術である。実際ただの一般人映像のライトアップが異様に強い。
こんな番組を見ながらカップ麺などすすっていると何ともいえぬ感覚があって程よく楽しい。
興味が出たのなら明日にでも観てみるが良い。
普段我々が見ている生ぬるい番組の印象を軽く吹っ飛ばさんとするこれらの番組群が早朝にはこれでもかとどこも並べられていて中々面白いものである。


第十三回・貧乏学生に学歴を見せること無かれ





失礼ながら私は高学歴の人間が大嫌いである。

下ばかり向きながら勉強しかやってきませんでしたと牛乳瓶の底のようなメガネをかけたボサボサ頭の大学生がそれだというならまだ受け入れよう。


しかし某有名大学を主席で卒業し、などと言いながらにこやかに手など差し伸べられようものならその手ごと大型ハドロン衝突型加速器にかけて素粒子レベルで粉砕したくなる。


近年大不況の影響に加え家庭環境の悪化に伴いまさに未成年の苦悩は社会のしわ寄せとも言うべきに集中している。

私もなんとか成人を向かえた身であるが、共に勉学に励み苦楽を共にした同級生のうち大学へと進学できた者は一握りである。

私が高校在学時に親しくし、私より成績が格段に上であった性格も良き友人でさえ就職した。私よりはるかに大学進学が似合う男であったが彼はそこまで大学進学に興味は無かったようである。

経済的に金の無いものは大学進学を断念し専門学校へ、家庭環境が著しく悪い者やさらに経済的に苦しい者は進学さえ断念し就職するのだ。

私は北の地で学び育ったが元々進学校でもない我が母校はこと進学という条件に厳しかった。そもそも深くは言えぬが私は普通科の人間ではない。

そもそも北の地は大学自体がニッポニアニッポンのごとく少ないのである。

そんな中では情報自体が乏しく関東圏の大学の情報さえ嘘か本当か分からぬ三流ゴシップ記事のごときものであり私は疲弊した。


ましてや私は家庭環境経済環境共に最悪である上にこの性格である。

とはいえ鬱を発症する時間さえ惜しまれたので私は仕方なく発症しながら進学資料をかき集めた。もはやあってもなくても同じではないかと思われる進路課に通いつめ夜は部屋の隅でひたすら提出書類の作成に勤しんだそれが私の受験戦争の記憶である。判を押したような単調作業に反して恐ろしい過密スケジュールであったことは言うまでも無い。

ご存知だろうか?普通科では無いというだけで進路はかくも天地の差、いや地獄と天国のお花畑レベルの差を見せ付けてくるのだ。お前はなぜここにいるのだと誰に言われるでもなく背中で感じつつも私はだた大学進学の一点を見つめこれにひた走った。今思えばハンカチが5枚は必要かと思えるほどに涙無しには語れぬ体験である、できるなら二度としたくない。


ここまで進学に追力した理由はただ一つであり家を出たいという思いに他ならなかった。もっと的確に言うならば普通に生きたかったからだ。

どうせ苦労するならば今さんざに買い集めていつかこの生活を笑い飛ばせる地位を確保してやると私は思い、それに堅実たるや大学に他ならないと狂信したのである。とはいえ狂信でもしなければとてもやっていけなかったということは言うまでもない。

言わずもがな私の家庭環境はキューバ危機に匹敵する危うさであり私自身何度首をくくろうかと思ったことである。ここにいてはいつか殺されるのではと怯えながらもなんとか推薦入試を勝ち取り私は関東のよくわからぬ大学に郵送された。

実際家族の中でお荷物扱いの人間をポンと置いて奴等は去っていったのであながちこの表現は間違いではない。

なんにせよ一命を取り留めたという気分で私は大学生活をスタートさせた、今思えば受験戦争から受験を取り除いたただの戦争だったわけである。

しかしその戦歴を持つ人間がすぐにはいよと平和な生活を送れるかといえばお門違いもいいところである。どこにも戦歴の兵士は転がっているであろうと思って大学の門をくぐった私は唖然とした。


わずなんだここはとと叫びたくなるほどにあっけからんとして気が抜けた場所なのである。

苦労のくどころかその単語自体知らずにエスカレーターに乗ってきた輩の集団がその大半を占めていたのである。私はかねがね未成年の3分の1は学校でいじめられるか家庭でいじめられ、3分の1は欝で暗い学生生活を送り残り幾分かはそうそう普通の人間がそこそこに努力しているものと考えていた。それ以外の人間などどうせ動物園で展示されている程度と思っていたのだが、私が迷い込んだのはまさにその展示室の中だったといえる。


奨学金申請をしている合間に奨学金すら必要ないといともあっさり言ってのけた知人がいたがその時私はよくがまんしたものだと今でも思う。鼻先で笑える程度のバイト体験を豪語しながら飯の一つも炊けぬ輩が周りをワンワンうるさく飛ぶので私はこれを叩き落したくなったが多勢に無勢であった。

そんな輩が大卒をいとも当然の学歴とほざいている姿を見るとさすがにはらわたが煮えくり返る。貴様らの100倍マシな人間が歯を食いしばり進学を断念し、今も仕事に汗を流すか資格試験に向けて勉学に勤しんでいるというのにこいつらはこの様である。


これが私の望んだ努力の最果てなのか私はどうすればよいのか等と延々私は考えた考え続けた結果私は一般人を苦手になった。元々が変人である上にこの妙な意識が拍車をかけ完全に類友以外との関係をうまく作れなくなったそれはいい。


しかしきれいな上の世界を努力もせずのうのうとグニグニ生きてきていかにもな顔をした輩を私は許さない。

努力したならよい苦労したなら良い、それがなくとも与えられた眩しいほどの恵まれた環境をきちんと変換し出力された光り輝く性格があるならばよい。


しかしそれすらない輩とどうしてにこやかに接することができようか私にはできない。



もう一度言うにこやかに私の前に現れる高学歴の人間が私は大嫌いである。

お前達は本当にその地位に立つにふさわしい人間なのか努力をし苦労をして今の地位に立っているのか?

私はそう考えてしまうそう考えざるを得ない。

諸君に非は無い場合もあるだろうその場合非があるのはその身の丈に合わぬ不相応な学歴であると心得てほしい。

反論したいだろがこれはもはやどうしようもないアレルギー的反応なのだ。


申し訳ないが明日の飯のことばかり考える私に人としての余裕が生まれるまでは速やかにガマンしていただきたい。

ちなみに私はこの意思を一切ガマンするつもりはないのであしからず。


第十二回・我がマイナス思考



もはや他の追随を許さぬ我がマイナス思考たるや、ピサの斜塔のごとき芸術的傾き加減である。
被害妄想はもちろんのことテンションのアップダウンは株価のごとく不安定、そのくせ嫌いなことには意地でも目を向けずガマンを嫌うという徹底ぶりである。
もちろんそんな人間が誰にもにこやかに人間関係を築きあげられるわけもなく、アリの巣のごとき地中に脈々とよく分からぬ人脈ばかりめぐらせている。
その人脈にさえ呆れられ果ては愛想つかされるといった様はまさに悪循環であるが、それさえ微塵と思えるほどの大問題は新たな機会が作り出す気味の悪い超軽量型頭の一般人との人間関係にある。
奴等はなぜか各所に固まってはその固有結界を崩さずそのカヤの外たる人間を攻撃するという塹壕的システムで平地を歩く私を疲弊させるのだ。
こちらが弾を込め撃ち込もうにも敵戦力の結びつきから回復力果ては連携攻撃力たるや多勢に無勢であり、私は戦略的撤退をせざるをえなくなる。
これがどの戦線に派遣されてもフラッシュバックした結果は明らかであり、それはまさにネガティブ思考の妄想特急環状線である。
同じパターンの妄想に駆られ疲弊しきった私は自らその環状線に分岐点を作成しレールを作り丁寧に信号まで設置してこれを脱出した。
そうしていつか装甲車両を連結してこの場に戻り、敵兵の卑猥なる塹壕を打ち落とさんと考えてはいるものの未だそれは実現に至らない。


とりあえず私は奴等に頭を悩ませるのも馬鹿馬鹿しいと開き直り、すっかりそういった輩から距離を置くことにした。
のはいいのだがここで私の完備されたネガティブ思考がぐるぐると回転を始めるから困ったものである。
私が腰を上げようとするとすぐさま画像付きの嫌な思い出ばかり再現して持ってきてくれるこの思考たるやもはや曲者に他ならない。
さりとてそれ無しでは浮かれた妄想に気づかずまた突撃しては冷酷な攻撃の雨に晒され撤退せざるを得なくなるため一概に排除することもできぬ。
困った困ったと嘆いているうちに食うものも無くなるので、私は今日も今日とて買物に出かけるのだ。
物と向き合っていれば攻撃など受けぬと私は高笑いを決め込むのだが、実のところ武装に勤しむばかりであり弾を込める手は武者震いを起こし中々言う事を聞いてはくれない。
そのため私はさび付いた自転車に乗りながら、このマイナス思考が底の底まで丁寧に推進し続けた結果ポンと裏返り力強い精神へと私を導いてくれるのではと祈る日々をここに送っているのである。
まったくもってマイナス思考たるや悲しきも愛おしき我が性質に他ならぬが、もう少し私に楽をさせてくれても良いのではないかと物陰で聞こえないように呟いてみたりする今日この頃である。


第十一回・買物奮闘其の二




近年純国産の貧乏学生が減少しつつある中で私のように非行にも走らず富を得るごとく勉学そっちのけでバイト三昧の日々を送るでもなく、ただ修行に耐える僧侶のごとく節約と貧乏性と頭脳労働に日々苦心している中級貧乏階級たる学生など、今やこの関東にどれほど存在しているのだろうか。
そんなことを考えつつも今日も今日とてスーパーの買い得品探索に勤しむ私である。


今私の目の前には大量に積まれた鶏胸肉のパックがある。
その価格たるや立ち止まらざるをえぬものでありかつてそれを見たのは数ヶ月と前のことである。
この値に惹かれぬわけがないのだが、問題は我が冷凍庫には俄然大量の胸肉が眠っていることである。
以前に冷凍の大型業務用パックを購入しそのサイズに唖然として未だに使えぬそれがまだあるというのにそれを買い足すというのは躊躇せざるを得ない。
さりとてここで易々と逃すのはと脳内会議が押し問答を繰り返した結果、それは調理法という面における鳥胸肉価値の決定で購入を判断しようという打開策が提出された。
鶏肉たるや扱い次第で金にも石にもなるのだが、とりわけ胸肉に関してはそれが強く言えるものである。
ここで私が特に最善と考える調理法たるやトリハムである。
塩漬けにした鶏胸肉はもはやそこらに売られている下手な豚肉製ハムを上回る食感及び旨さである。
しかし問題はこの塩梅調整に非常に疲弊する点である。
更に塩漬けにした場合結果が2日後3日後となるためにそのタイミングも考えるともはや面倒極まりない。
面倒だけならばまだ良いのだが、2日3日後にもっと得なる食材惣菜を発見してしまった際にそれを諦めねばならぬという問題もある。
余裕があるときならばいざしらず心身スケジュール共に余裕無き今、それは現状をかき乱す恐れがあると判断し私はこの購入を諦めた。

戦略的撤退である。


かくして私は半額シールの貼られた原価以下に値下げられた惣菜をはじめとしたいくつかの商品を買い物籠に入れるや否や、そそくさとレジへと向かうのであった。


第十回・貧乏人散歩を愛せよ



電車内やバスの吊革につかまっている間非常によく頭が回り、無駄に洗礼されたあまり役立たない思想・理論や文章を閃いたり時たま重要たる迷い事の回答もしくは糸口の発見をしたことはないだろうか?
私はこの原理原則を応用し画期的かつ経済的有用行為の選択と再評価を行った。
つまりは散歩である。
しかして常に思考に専念する頭脳労働者諸君は、そんな行為はインドア派たる我々の主義に反すると異議を唱えるかもしれぬが心配は無用である。
私は別段発光色のジャージを着てこれに追力せよと主張するわけではない。

むしろ逆である。
まずは諸君の所持したる携帯や手帳もしくはネットブックの類を手に持ち、ヘッドホンないしイヤホンでもかまわぬそれを装備していただきたい。
あとはjpopだろうがジャズだろうが声優のネットラジオだろうが好きなものを流し外に出ればよい。
言うなれば私は、諸君等に究極のインドア行為とも命名すべき提案をここに明示したのである。

もう後は理解しただろう。
諸君等は自然の美しさや体を動かすことの意義になど目を向けず、ただ新鮮な空気だけ吸って延々思考を巡らせ闊歩すればよいのだ。
そこでは何を思考してもかまわぬ。
諸君等は安心して高名な哲学者のごとく何か延々考えてはメモに取ったりすればよいのである。
私も日々これを実践している。
夕暮れ時から犬も鳴かぬ夜明け過ぎの目覚める者のない時間まで、私はかくのごとくこれを行っている。
夜行性たる私には実に健康的かつ画期的行為であり、我ながらインドアとアウトドアを弁証論的方法で和解させたようなこの行為に満足している。

だたし注意されよ。
考えてもみよ、真夜中にいかにもインドア派な雰囲気をかもしだす人間が考え事に身を任せフラフラしているのである。
これを駐車切符ばかり切ってふんぞり返っている国家権力が見逃すはずがない。
私も幾度かの職質を受けているので諸君もこれを実践したる際は十分に注意されたし。



第九回・青春たるやポイントカードである



私の日課は言わずもがな買物であり当然のごとくポイントカードも所有している。
しかしてそれらは中々貯まらないがその理由はいくつか存在する。
一つに巡る店の量と回数がある。
私は常に安くもしくは得をする買物を求めコレにひた走る。
一般的には安き店の常連となりそれの結果ポイントも貯まるわけだが私はそれを極めすぎてしまった。
あまりに多くの常連店を持ちすぎ安い店を転々とするのでいっこうに一つの店のポイントが貯まらぬのである。
カードも作りすぎたため各店で提示できもはやポイント目当てに一店舗に集中する余裕は完全に消えうせた。
正直たかが2~3ポイントのために10~100円台の得を消すのは結果損であり赤字である。


またもう一つには私がまとまった額の買い物を中々しないということがある。
量は買っても大金は使わず大抵は安物得品半額商品でカゴを埋め尽くしているため、相当に買い込まない限りポイントすらつかないことも日常茶飯事である。
せいぜい大きくポイントを稼ぐのは医者にかかる金も惜しむ私が買い置きする風邪薬ぐらいである。


どれも私の貧乏性に起因するわけであるが私はなんら気にしない。


なぜならば貯まったとてそれを使うことがもったいないのである。
ある意味では金では買えぬ栄誉ある称号がコレなのである。
中級貧乏これ極めたる生活の中でこれを形にし残せるものは数が知れぬ。
私の記憶とこの記事群以外でそれを残す数少ない記録資料兼表彰状なのだ。
日々雨の日風の日雪の日台風接近日でもさび付いたママチャリで向かい風の中買物に汗を流し続けた私だからこそ与えられたこの勲章を私は誇りに思う。
よくぞここまで数多のポイントカードを所有しそのいくつかを満期に達せたと私は私に割れんばかりの拍手を送りたい。
我が青春の1ページの輝きたるはまさにこの銀色に光るポイント表示板の光であろう。
青春時代の思い出をいつか誰かに聞かれたら私は迷わずこの勲章のことを挙げ、その武勇伝を延々述べることであろう。
もちろん定休日と知らず向かった肉屋や行く途中パンクを起こし買物を中断せざるを得なくなった直売店等、ポイントカードの関わりが無くとも私の武勇伝は多々存在する。


しかしてやはり、ポイントと他店との値引き差額に頭を悩ませながら過ごした日々を記録したこの擦り切れたポイントカードはやはり、私の勲章であり誇るべき存在なのだ。


第八回・人間関係たるやネガティブに笑えばよい



金などは無い。
近年アルバイトなるものが存在するらしいが軽度の対人恐怖症たる私にはそれが叶わぬ。
一度後ろ向きに考えれば地の果てまでもしんかい6500のごとく沈んでゆきその底で延々奇妙な深海生物と戯れるようなネガティブ思考である。
面倒たる対人関係に私はヤムチャのごとく弱い。
親しき者同士ならまだいざ知らず、よくも知らず相性も合わぬ者ばかりの集合団の中に不運にも落とされる場が生まれれば私は水と油のごとくこれと分離する。
よもや和解の余地は無く私も幾度かの経験からすっかり疲弊しこの戦いに挑むのをあきらめた。
かくして苦手たる人間との関わりにまったくの決別を決め込み私は日々安アパートの一室で日を過ごしている。
私に人間は要らぬ。
本とパソコンとコピー用紙にペンの1つもあれば私の娯楽はほぼ完備されるのだ。
物を書くにも読むにもこれらがあれば事足りる。
人間関係などに疲弊するならば私は自転車数キロ走らせてでも節約によって搾り出した金と時間でこれを楽しむ方に全力を注ぐのである。
金も無いのでそもそも人間関係に疲弊できうる体力も無い。
代理代理戦争のごとき仕返し嫌がらせには全力を持ってこれを行うことを辞さないがその根本原因には俄然背を向け目も合わせぬ。
平和と安アパートの一室を愛する私はそんな汚俗物たる汚らしい卑猥な人間との戦争をあえて起こさんとするノーベル平和賞級の思想主義がありこれを日々実践している。
ただあえて言わせていただけば、私は嫌いな人間との人間関係が大嫌いであり苦手である。

かくして私は今日も孤高たる貧乏生活を満喫しこれを大いに謳歌する。
同士の諸君ならばこれに強く賛同してくれるのではあるまいか?

第七回・我ら誇り高き一般変人



陽が当たらぬ場所で日々何を考えているか分からぬと周囲からささやかれるような諸君。
空気より比重の軽いお花畑一般人達により偏見に晒され部屋の隅へと追いやられた諸君。


私もその同士である。
変人でありオタクであり本の虫であり有無を言わせぬ皮肉とネガティブな思考を常に脳内にめぐらせているそれが私である。
日々なにをするとも無く奇異の目を向けられ偏見に晒されタイムサービス品を目の前で横取られる。
私が何をしたというのか私に非があるというのか、日々偏見に晒されながらもハイブリット車のごとく文句を最小限にしか吐き出さず地球に優しい貧乏学生たる私がなぜこのような仕打ちを受けねばならぬのか!
同士諸君、浮かれた一般人の思考たるやもはや理解に苦しむか?否、理解など無用である!!
なぜなら奴等は一般人という皮を被ったアメーバのごとき微生物もどきなのである。
一般人とはすなわち程よき変人である。
変人でなく凡人でなく、ただ煩悩の思うがままに俗世の浮かれた知識に身を任せ嵐のごとく我々に影響だけ及ぼし去っていく害敵それが奴等である。
変人でない等と豪語し面白みの欠片も無くいかにもなリア充を気取る量産型ボトムスのごとき頭の弱さを自慢する輩に我らがもはや劣るわけが無い!!


私はこの通り生粋の一般変人である。
昼は同じ穴の同士と愚痴をこぼしつつ誰にも理解されぬ小宇宙(コスモ)的会話を花開かせ、夕時には我がエネルギー供給のため値下げや半額品の捜索に全力を注ぎ、夜は平凡たる頭脳で勉学に苦しめられつつ深夜アニメに心打つ。
そんな日々の生活に私は一切の後悔を持たぬ悔いを持たぬ恥じらいを持たぬ。
むしろこれを嬉々としてあざわらう者がいるならばそれこそが真に笑うに値する低俗種である。

私と同じくして偏見に晒され肩身の狭い日々を過ごし、息を殺してつつましく部屋の隅でため息をついていた諸君。
これからは胸をはってよいのだ、少なくとも私はそうした諸君の姿に敬意と割れんばかりの拍手喝采を惜しまず送る。
これからはつつましく勝ち誇り下を向いて勝利に笑いパソコンモニターの前で誇りを胸に、日々を送られよ。
私は諸君と同じく迫害じみた扱いまで受けた変人である。
私はやつらを許さず諸君を満身の力を込めて全力で応援させていただく。



さあ諸君、今夜も深夜アニメが始まる、準備せよ!!!


第六回・リア充たる者の処遇



リア充という言葉を聞いたことがあるだろうか?知らなければ検索すればいいアンサイクロペディア等では非常に丁寧に解説されている。
私は四畳半神話大系の主人公のごとくこれを全面的に否定するわけではない。
なぜならそれはさんざの努力の結果である電車男のような存在が少なからずも存在しうるからでありそれを否定することは自身の可能性すら否定してしまうからだそれはあまりに悲しい。
だがしかし私はその中でそんな努力のど字もせずのうのうと性格欠陥者がいかにもな顔をしてそれを演じることが断固として許せない許さない。
努力か苦労そのどちらかこそ我ら貧乏学生かつ非リア充である私の求めるリア充容認条件であるが、そのどちらも満たさぬ金箔よりも薄い思想と小学生以下の意識に包まれた成人の面汚しがリア充のごとき暗躍を行う光景は見るに耐えないがまんならない。
奴等人間の姿をした金星人は事あるごとにコンパを開き飲み会を行いさして強くも無いのにレベルの低い飲み比べを行って日々を過ごすらしい。
どうせ彼らはウイスキーコップ1杯もまともに飲めまいに。
私のような貧乏学生が同士と時たま開く安アパートの屋根の下飲み会ではアルコール度数10%未満の飲料はもはや水扱いであるもちろん私はウイスキー片手に己の思想を語る。
安物のクセの強い洋酒を原液でむせ返りながら飲むことこそ真に飲みという行為であるチューハイ等愚の骨頂あくまで嗜好品レベルであり飲んだとさえ言えぬ。
チューハイの否定ではないそんなアルコール度数レベルを飲みながらいかにもな飲み比べを演じる超軽量型脳味噌集団の行為をこそ否定しているのである。
週末の予定から趣味趣向家族構成に至るまでを質問するのはさして不自然ではないお互いを知るための情報交換のきわめて初歩的な質問内容であるからだしかし、それをせいぜい3%ほどのアルコールに酔わされた体でフラフラと軽率に笑いながら話してくるような者がいるそれは失礼極まりない行為である。
場の雰囲気でいくらかにそれを調節した結果ならば十分に許容すべき行為だが明らかな若さ頼りの行動でワックスのごとく固めた奴等の振る舞いに私は我慢ならない。
そんなことを考えるほどに私のコップは空になり私は頭痛と明日の食費に頭を悩ませるばかりである。
実に納得がいかない。