「自覚したほうがいい?」 | そるてぃーあひるっ!(いととえん・むすび)

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神仏・精霊・森羅万象。多彩な色彩。多様な生命。円となって繋がり広がる縁。縁のもとに結ばれた糸(=意図)と会う。糸+会=絵。
あらゆる縁の意図(=糸)が絡み合って生じる、そんな絵を描いていきたい。

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(本日は、女正月・小正月の日)
 
 
 
質問されました。
 
「障害を持っていることを、自覚したほうがいい?」
 
 
 
わたしの答え
「もちろん自覚したほうがいい」
 
 
 
 
聴こえない身であるゆえに、気付くことがあります。
 
A「あ、この人、もしかして耳が悪い?」
 
B「あ、この人、ひょっとして聴力が落ちていることに気付いていないのでは?」
 
 
 
そこでわたしは言うわけです。
 
A「失礼ながら、聞きます。耳が悪いのですか?」
 
B「失礼ですが…聴力が落ちているのでは?一度、聴力検査を受けられてみては?」
 
 
反応はというと…
 
「あ、実は、昔、怪我をしまして…」
 
「そうなんです、こっちの耳は元々聴力が悪くて。」
 
「実は高音は聞き取れないんです」
 
などなど、
 
自覚されている方がいる反面
 
 
 
Bの質問に対して
 
「え?いえ、普通ですよ。ちゃんと聴こえます」
 
「別に悪くは無いんですが…(不愉快な顔)」
 
 
 
障害を自覚することに抵抗のある人は少なからずいる。
 
 
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映画「レインツリーの国」で
 
難聴の主人公は、自身が難聴であることを隠してデートした結果
難聴であることを知らされなかった相手に不愉快な思いをさせます。
 
これは自覚していながら隠していたパターンだけど
 
 
 
実際に聴力が落ちているかいないかは別にしても
 
「聞き返しが多い」「聞き間違いが多い」
 
というのは
 
相手をイライラさせるし
自分もイライラすることになる。
 
 
原因を自覚して
「高音が聞き取れないからこうして」「聴力が弱いからこうして」と
相手に伝えるほうが、誤解も無くなると思う。
 
 
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それと同じで
 
発達障害や学習障害も
 
診断の出ないグレーゾーンの人や、大人になるまで気付かなかった人たちもいる。
 
 
 
わたしの周りは、「グレーゾーン」に当てはまる人がいるけれど
 
 
ある人は、発達障害の人から「きみも発達障害ではないか?」と指摘され、診断を受けた結果、発達障害だと判明。
 
これまで単なる性格だと思っていたのは障害ゆえのことだと知ってから、今までのやり方を変えてみている。
 
その結果、周りの人も見る目が変わるし、付き合い方も変わる。
 
 
 
 
また、発達障害だと診断こそされていないものの、他人と付き合う上で微妙な支障のある友人がいる。
 
わたしは発達障害や学習障害のある人たちとの接し方は知らないんだけど、別の視点で解決できることも多い。
 
例えば、
 
なかなか待ち合わせの時間どおりに来れない友人(家を出る時間を逆算できない)には
 
「お昼くらいに待ち合わせしよう。何時に家を出るか教えて」と言う。
 
 
 
スケジュールの管理が悪い友人には、スケジュール帳を変えることを勧める。
(月タイプか日タイプ、時間タイプ…とあるので、合うものを。)
 
 
障害を自覚する…というよりも
 
「自分がどういったことに対して対応できていないか」ということを自覚すると
 
少なくとも、何かしら対策を取ることができる。
 
 
周囲に伝えることで、誤解も無くなる。
 
 
 
 
そんなわけで
 
 
わたしの答え
 
 
「もちろん自覚したほうがいい」