新作を待ち望む作家さん、の1人である垣谷美雨さん。

毎回、本当に「素晴らしい!」の一言であるが、今回も期待を裏切らず。

この作家の想像力の豊かさ,共感力の高さと多面的な視野の広さと、作品からにじみでる「受容」「寛容」の精神がとても好きだ。成熟した大人、とはこういう人だろうと思わされる。ご本人のエッセイを読むと、問題意識が高く、気を遣う方のような印象で、繊細な感情表現の源を感じる。

 

第一章:「女三界に家なし」⇒こんな言葉で、女性を洗脳しやがって。

「性的対象にされる」不快感というのは、女性ならその美醜に限らず、大なり小なり味わっていることと思う。

おとなしそうだったり、嫌と言えないタイプのような女子は更にそのリスクがあがる。

私はうるさいし、はっきりモノを言うタイプだけど、体つきに「胸が大きい」という特徴(特長ではない)があって、なんどか不快感を味わってはきた。子ども時代はわけがわからなかったが、小4だったかな、絵画教室の先生が私をモデルに裸婦像を描きたい、と、芸術のためなんだよ、と何度か誘ってきたこと(もちろん断って教室辞めた)、や、お祭りのテキヤのおじさんに呼ばれて、「胸をはってそらしてごらん」(小学生でブラをしていなかった)と何度も声をかけられたりしたことなど、今思えばヒヤッとすることがいっぱいだ。長じてからはその性的なニュアンスを汲み取れるようになり、睨みつけたり逃げたりできたので、性格的に危険を回避できた面は大きいと思う。

でもおとなしい子だったら、、、、容易に性暴力の対象になってしまうのだろうな、と思う。

そして、暴力の加害者は男性だけではない。痴漢に合った人に、「胸を自慢して強調しているからだ」「露出をしているからだ」とか言う女性がいるのも事実。こういうことを言う女性は、いわば男性目線に合わせている方なのだとは思うが、そういう風に育てられたとはいえ、共感能力にも想像力にも欠けている。だらしない雰囲気とか、隙がある感じとか、その本人の出す波長は確かにあるとは思うが、胸が大きいのは望んでそうなったわけでもないしさ、それに、だからと言って、暴力を受ける理由なんて絶対ない。被害者を1人知っているが、その後の人生まで、本当にキツイことになる。性暴力は「魂の殺人」と言われるほど、あってはならないことだ。

自分はこの歳になったし、もう性的対象で見られることはないだろう、と気楽に過ごしているのだが、この第一章を読んで、「女である限り、この恐怖は起こりうるのか」と驚愕した。人生100年時代、老人ホームでの色恋沙汰の話なども聞く。年齢ではないようだ。そしてこの登場人物のように、何より、女性の友人に「性的対象になる不快感の相談=モテているという自慢」と、誤解される悲しさ、なども容易に想像がついた。

「相手を傷つけないために事実を言わないこと」を選ぶ人が多いけれど、私はそれには疑問を感じていて、「言ってみたら分かること」「知っておいた方が良いこと」も多いのではないか、と思っていて、第一章の結末は、それを裏付ける結果になっていて、とても「そうそう、言った方がいいんだよ」と思えて、この成熟した作家が、その結論を描いてくれたことが、嬉しかった。

 

第二章、第三章は、家族についての話だ。「寄生虫」⇒イネイブラーという概念がある。知った時は、なるほど!と膝を打ったものだ。人間は弱い。自分が可愛い。そしてやっかいなことに、自分のことを「正しい」と思いたい欲も強い。果ては、「いい人」と思われたい、必要とされたい、という承認欲求ね。私は、家族にいろんな役割を担わされすぎて、必要・頼りになる=当てにされる、おしつけられる、なんてごめんじゃ!とその点では逆ばりになっていった気がするけど、別の点ではヤングケアラーやきょうだい児特有の、何事に対しても「結局、自分がやらないとな」感はやっぱり強いような気もする。でも、根本的な性格が自己中だから、イネイブラーにならずにすんでいるのだな。良かった。自己中が私を救ったのかもしれん。

「思いやり家族」⇒最後は、ちょっとしたサスペンスやミステリーのようになってきた素晴らしい展開。年上だろうとなんだろうと、「守ってあげたい」と思わせる人、実際「少女のようなまま、恵まれて生きている人」がいて、それはとってもうらやましいなぁ、、、と思う方の人生だったが、なるほどなぁ、、、、。やっぱり人間は本当は「自立」したい、「成長」したい、という欲求もかなり強いのだと思う。それと、「自由」でありたい、という当たり前のことも。自分で「流されている現状維持」を選んでいる人はさておき、それを「与えられて選ばされている」ことで、力を奪われる、っていうのはあるだろうなぁ。気づいて動けるうちはいいが、いつしか、動けないほど力を失っている、という。この主人公は気づいて良かった。うちの父はイネイブラーで、ひきこもりの兄は力を奪われたんだろな、とつくづくまた思ったことだよ。しかし、都心の上流階級のある種の人間の考えることの歪なことよ。こういう家族、実際にいるもんなぁ、というのが何より「あ~あ」と思ったことだ。人間の品格って、いったいなんなのかね。

 

すべて、今回もさすが、垣谷さん、という仕上がり。

この垣谷さんレベルの高い観察眼で、この書では主に悪役?だった高学歴・エリートの男性側の性的問題や、家族問題への心情、対応をしっかり書いている作家や作品をご存じの方、ぜひ教えてくださいませ。「定年オヤジ改造計画」みたいに垣谷さんが書いてくれると一番嬉しいですが。