ありまやま ゐなの笹原 風吹けば
いでそよ人を 忘れやはする
先日、有馬温泉に行ってきました
いでそよ人を 忘れやはする
先日、有馬温泉に行ってきました
有馬温泉でも、わりと高台にある宿
「高山荘 華野」さん。
かなり坂がきつく、入り口から
玄関までも急な階段があります。
ロビーや廊下の至るところに
生け花が飾ってあり、ギャラリーのよう。
お部屋も17部屋しかない小規模なお宿で、
繁忙期でもあまり他人とかぶることなく
大浴場を使えることができ、本当に
落ち着いた雰囲気でした。
2018年2月に「ブラタモリ」で
紹介されていた天神源泉。
赤い成分は鉄分、白い成分は塩分。
金泉が赤いのは
鉄分が多く含まれているからなんですね。
さらに、有馬温泉のお湯には「炭酸」が
高濃度で含まれているため、
お湯が空気に触れて出来る
「炭酸カルシウム」で湯づまりが
起きてしまうんだそうです。
そのため、週2回(!)、パイプの交換を
しなければならないんだとか。
夕食
朝食&館内用スリッパ
大浴場でスリッパが迷子にならないように、
自分で絵や文字を書けるよう、
お部屋にペンが置いてありました。
三ツ森 金の湯前店にて。
有馬名産 炭酸煎餅と、焼き立ての
「ほっこりさん」の乗ったパフェ。
揚げたての「かりんとうまんじゅう」も
美味でした。
湯本坂を歩いていたら、ちょっとグレた
とびだしとび太くんに遭遇しました。
有馬名産 炭酸煎餅と、焼き立ての
「ほっこりさん」の乗ったパフェ。
揚げたての「かりんとうまんじゅう」も
美味でした。
湯本坂を歩いていたら、ちょっとグレた
とびだしとび太くんに遭遇しました。
本来のとびだしとび太くんの姿はこちら。
www.mahorova.com/works/portfolio
滋賀県にある「まほろば製作所」という所で
製作されているそうです。
とびだしとび太グッズは主に
滋賀県内のお店で販売されていますが、
大阪、京都、神戸の
ヴィレッジヴァンガードでも
販売されているそうです。
製作されているそうです。
とびだしとび太グッズは主に
滋賀県内のお店で販売されていますが、
大阪、京都、神戸の
ヴィレッジヴァンガードでも
販売されているそうです。
有馬玩具博物館
3階~6階のミュージアムは有料です。
3年ほど前にも1度訪れているのですが、
うちの娘、ほとんど覚えていませんでした。
1階のミュージアムショップ
「ALIMALI(アリマリ)」は誰でも入れます。
ひもを下に引くと手足が動く
ヘラー社の木のおもちゃ「ハンペルマン」は
ドイツでは根強い人気があるそうです。
神戸電鉄有馬温泉駅の
目の前にあるおみやげ屋「吉高屋」さん。
カメ印の石鹸が有名です。
レトロなデザインの帆布バッグが
ステキすぎます。
街歩き後、
神戸電鉄有馬温泉駅からタクシーで移動。
高速道路を使ったら新神戸駅に
直結していて、15分程度で到着しました。
有馬温泉の金泉、銀泉はすごく良くて、
さすが、太閤秀吉が何度も湯治に訪れて
愛した名湯なだけあって、
パパの体調が一時的にではありますが、
とてもよくなりました。
金、銀といえば・・・
1991年~1992年にかけて放映されたCM。
「きんは100歳100歳。」
「ぎんも100歳、100歳。」
で一躍有名になった「成田きんさん」と
「蟹江ぎんさん」。
時を経て、ダスキン55周年の広告に
蟹江ぎんさんの娘さんが登場していました。
今年100歳と94歳になられる、
人生の大先輩。
長寿の秘訣は「笑うこと」だそうです。
冒頭の「ありまやま~」の歌は
百人一首58番
紫式部の娘、大弐三位(だいにのさんみ)
の詠んだ歌です。
ちなみに、母、紫式部の歌は
この歌と連番の57番
めぐりあひて 見しやそれとも 分かぬまに
雲がくれにし 夜半の月かな
親子で登場している歌といえば
1番 天智天皇(父)「秋の田の~」
2番 持統天皇(娘)「春過ぎて~」
99番 後鳥羽院(父)「人もをし~」
100番 順徳院(子)「百敷や~」
が有名ですね。
親子ではないですが、
16番 在原行平(兄)「立ち別れ~」
17番 在原の業平(弟)「ちはやぶる~」
の兄弟もよく知られています。
他にも連番にはなってはいないものの
百人一首は親子で登場、て
本当に多いんですよね。
当日まで母の日であることを
すっかり忘れていたうちの娘。
母の日のプレゼントは、思いつきで描いた
すっごい雑な絵と栄養ドリンク。
これ飲んで、明日からもがんばれ、と・・・。
西光亭のくるみのクッキーは
パッケージに惹かれて自分で購入しました。
ちなみに、「花より団子」派の実家の母へは
毎年、エスティローダーの化粧品
(母の日限定キット)を贈っています。
我が家はたぶん、きんさん、ぎんさんの
家系のように長生きできないだろうし、
ただいま絶賛反抗期中のため
親子関係が微妙ですが、
人生百年とすれば、まだ折り返し時点にも
達していません。
いつか、「あの時は大変だったね。」と
笑って過ごせたらいいな、と思います。














