広宣流布で楽土日本

 

 広宣流布の定義だけれど、学会は広宣流布を第一の主眼としている。広宣流布すると、お寺に信者がふえる。日蓮正宗が繁盛する。そんなことで広宣流布するのではない。

 

 台風は生き物だが、その台風が北海道まで飛んでいって、連絡船をひっくり返し、たくさんの人を溺死せしめた。別にそんな目にあわんでもいいわけだが、いまの日本にはそういうことばかりである。

 

 このような台風をなくするのが、わたくしの念願です。日本の国から大風や大雨、大水、大火の難をとりはらい、アメリカの子分にならぬようにするには、広宣流布する以外にないのです。

 

 日本民族は、むかしのように爆弾を作って勝つとか、軍艦を作って勝つとかいう考えは、頭から消えうせて、だめになってしまったこの日本民族が、どうしたら救われるか。それはただ広宣流布する以外に道はない。その広宣流布をやるのは、創価学会だけである。

 

 これは仏法上の規則です。そういえば、戸田はうそをいっているのだろうと思う。思うなら思いなさい。そういうからにはわけがある。

 

 すなわち、高い仏法が広まるときには、三類の強敵が前途をさえぎるのである。近所のおばさんがぐずぐずいう、俗衆増上慢。坊主がぐずぐずいう、道門増上慢。もうひとつは、あの人は日本で一番偉い人だと、世間から思われている人が、国家権力とけったくして、迫害を加えてくる、僭聖増上慢の三つがある。

 

 このうち、第一類は近所の悪口で、これはさんざんいわれている。この三類のうち、ふたつが出てきた。最近、二流三流の新聞が、坊主から金をもらったかどうかはわからぬが、学会は暴力団だ、脅迫だ、暴行だと、なにもないことをあるように書きたてている。じっさいに暴力をふるうのは、こっちではなく向こうなのです。

 

 関西のある坊主が、ここ一、二年もたてば、大阪、京都には信者がぜんぜんなくなってしまうと嘆いている。

まさにそのとおりで、かれらは必死になってさわぎ立てている。やがて第三類も現われてくるだろう。そのときになって、びっくりしないように。

 

 それからもうひとつ。いまは法滅尽のときである。日蓮正宗の末寺の屋根は落ち、畳は破れはてて、まさに日蓮正宗はつぶれそうになっていたのである。この日蓮正宗を、つぶれないようにしたのは創価学会です。

 

 堀猊下が、いつか、『戸田さん、あなたがいなかったら日蓮正宗はつぶれたよ』とおっしゃったことがあった。このように、正宗がつぶれそうになったとき、学会が出現したのです。

 

 そして、日蓮正宗でなければ広宣流布ができない証拠には、日蓮大聖人様は、御在世のとき、一国が広宣流布された暁に、天皇陛下が帰依なされ、宮中の紫宸殿に安置する御本尊様として、紫宸殿御本尊様と申しあげる御本尊様をお残しになられている。身延や霊友会がやってもけっこう。できるわけがない。紫宸殿御本尊様は、日蓮正宗にしかないのです。

 ゆえに、一国の広宣流布は、学会でやる以外にない。その功徳は、あなた方にぜんぶゆくのです。

 

 次に、『貧乏したから、どうしましょう』と聞きにきても、きょうここで教えておくから、もう聞きにこないように。そして互いに広宣流布成就の日まで働こうではないか。広宣流布の儀式に臨んだものは、ぜったい、貧乏人もなければ病人もない。三世十方の諸仏の約束なのである。それでも貧乏するとか、病気するとかするならば、だんぜん、わたくしが御本尊様に申しあげてあげましょう。

 

 広宣流布のときまで、しっかり戦おう。

 

昭和29年9月30日

本部幹部会

豊島公会堂