学会精神を会得せよ

 

 きょうは二つの話しをする。班とか地区とかで金を集めているということを耳にしたが、ほんとうか。学会の方針は、たとえば、四月に総会を開く。五月になにを開くといったふうに、必要な場合に応じて、目的をはっきりいって、希望者よりその費用を集めている。ふだんは学会には金がない。これが学会の精神である。

私見:金があると、そこに金を持つことが唯一の力、と思うような価値観を持っている偽日本人や中国人、韓国人が集まってくる。少ない金でもどう使うか、が大事である。)

 

 地方折伏にいく場合、金のないものが地方に行く必要がない。有るものが行って、思いきり使ってくるのが良い。地区で金を集めよといったことはない。許してない。そんな金を出してはいけません。だが、本部のときは、わたくしが頼みます。そのときはよろしくたのむ。

 

 次に、観念文について話をする。この観念文は、一番だいじなところです。まず東の方を向いて『生身妙覚自行の御利益云云……法味倍増の御為に』と御観念する。御本尊様を受持するがゆえに、二聖二天の加護を受けるのは、まことにありがたい、と心に念ずるのである。ところが、このとき口で観念文を唱えながら、表を通る豆腐屋のラッパを聞き、あいつずいぶんかせいでいるなと心で思うと、豆腐屋を御観念していることになる。なお、観念文とは、そのとき心に思っていることを観念というのである。だから、そのときは、豆腐屋のやつすごくもうけているなというのが、初座の観念文になってしまう。

 

 第四座にのぞみ、わたくしは『祈念し奉る天皇陛下云云』とはやらない。ここに学会精神がある。天皇にやってもらって、広宣流布を願うようなことをやっていない。やってもらうのではなく、天皇に正法を持たしてあげるのが、われわれである。ゆえに、わたくしは四座において、

現在、日本は苦悩のうちに沈んでいる。大慈大悲の御本尊様、願わくば全国民にお姿を拝まさせたまえ。東洋の民衆は、苦悩に落ちいっている。御身ならずとも、御名を聞こしめさせたまえ

とわたくしは祈念している。

(注、以前の四座の観念文は「天盤陛下云云」となっていたが、現在行なわれている勤行要典では、「祈念し奉る我等弘法の誠意大御本尊に達し一天四海本因妙の広宣流布大願成就の御為に」となっている)

 

 広宣流布をなすのは、学会以外にない。これにそむけば五逆罪になる。学会を離れてしあわせなものはいない。功徳のあるわけが無い。戸田のやつ少しのぼせているなというものがいるなら、言うものは言え。

 

 仏法に五逆罪ということがある。父母を殺す。これは逆罪である。父を殺すとはなにごとか。母を殺すとはなにごとか。逆らうことはともかく、殺すとは憎みても余りあるものではないか。次に殺阿羅漢、これは世の指導者、師匠を殺すのが、殺阿羅漢という。次に出仏身血、御本尊様を破るのはこれで、そまつにすることは五逆罪のひとつになる。次に和合僧を破る。心の和合を破壊し、仏の道を破壊することである。

 

 僧というとへんだと思うかもしらぬが、坊さんのことではないのです。わが学会は、和合して、広布へ、日蓮大聖人様の教えを、日蓮大聖人様の指導通りにやろうというのであるから、これを破ろうとするものは、かならず仏法の大きな罰を受ける。もし破ろうとするものあるならば、やってみたまえ。内から外からやってみたまえ。

ぜったいにできぬ。

 

 われわれは和合僧なりと、心から叫ぶ団体である。幹部は結束してこれにあたっている。そして破るものも悪いが、これらのもののみだけでなく、破られた方にもある。これはみなさんの心に、深く気に留めなければならぬ。確固不動の信心を求めるしだいである。

 

昭和29年2月27日

本部幹部会

豊島公会堂