保守と進歩
きょう、これからお話しすることは、学会の根本の大問題であります。四つに分けて、順にお話しします。
まず第一に、きょうの研究発表会はすこぶる良い。これでこそ、わたくしはうれしい。恩師牧口先生が、この場にいられたら、どんなに喜んだことだろうか。先生にひと目、このようすをお見せしたかった。ほんとうに、わたくしは泣けます。
第二に、青年の意気というものは、いつでもだいじなものです。人間の生命には、進歩と保守の二つの戦いがある。わたくしのような年、諸君の両親のような年令になると、なんとなく保守的になるが、若いうちは、なにかしら新しいものを求めていく、進取的なものがある。この進取的なものが、人の幸、不幸をきめていくのである。
この進取的なものは、若い生命にしかない。
キリスト教があれほど広まったのは、青年の力によったのです。かれが、心の問題にたちかえって教えを説き、それに共鳴した青年たちによって、あれほど盛んになったのである。
釈迦が永遠の生命を感得し、バラモンの教義を破って、仏法を建立したとき、その闘争に参加したのも、みな青年である。青年の意気と力とは、じつに世界の歴史を変えていくのです。明治維新いらい、百年間、わが日本民族が、営々として築きあげたものが、今度の太平洋戦争に負けたことによって、すっかり壊滅したのである。これを、もと通りの大国に復旧しなければならない。
たった一度ぐらいの戦争に負けて、バカにされるようなことでは腑甲斐ないと思う。この小さな島国に、八千万もの日本民族は、どうしても生きていかれないのである。この日本民族の宿命を考えるとき、どうしても再びやりなおさねばならない。これをどのようにしてやるか。戦争でやるのではない。仏法によって興すのである。
次に、第三に、宗教と科学との関係である。いままでの人間は、宗教と科学は相反するものであると考えていた。しかし、これは低級宗教のことである。仏法は堂々たる科学であり、学問である。
今の科学を分析すると、法律学、経済学等は社会を対象とした学問であり、心理学、哲学等は、心の状態を対象とした学問であり、化学、物理、数学等は、物質を対象とした学問である。この三部門によって、科学は分科的に研究されている。そして、この三つの部門は、たがいに衝突はしないのである。相互に助けあって、いまの科学ができている。科学の世界内には、闘争はないのである。
宗教は、われわれの生命、宇宙を対象として研究するのである。われわれの生活条件を、そのまま追求していくのが宗教である。科学と宗教は、けっして相反するものではない。
人間を幸福にするには、どうしたら良いかを探求した、生命哲学の最高峰の大定理がある。これを、生活にどう活用して、いかに宿命を打破するか、それが御本尊様である。御本尊様は、われわれを幸福にする機械である。
最後に、第四に、政治、経済と、諸君の立ち場についていう。共産主義か、資本主義かという問題がある。わたくしからいえば、どちらでも自由である。これらは、一分科に過ぎない。これらは政治と経済の面からのみ、に幸福をあたえるだけである。
根本の哲学は、生命哲学である。われわれは、これらより一歩上の大哲学によって、世界を指導するのである。我々の哲学は、共産主義や資本主義と相並ぶ、同格の哲学ではない。これら、世界のいっさいの科学を指導する、最高哲学である。諸君は、世界的指導者なのです。
以上、四項目についてのベましたが、これが世界に対する、わたくしの第一回の発言です。どうかしっかりやってもらいたい。
昭和28年4月19日
男子青年部第一回総会
東京教育会館