将に将たる心を持て

 

 いまは本尊流布のときがきており、御本尊様の大功徳は、真昼の太陽のごとく輝いているときである。この功徳を受けきるには、学会の指導による信心以外にはない。

 

 また、組長といい、支部長というも、同じ人であり、ただ信心の年月が短い、長いだけの違いである。数年後には、諸君も支部長の地位になる。この地位を自覚せよ。

 

 卒に将たるは易く、将に将たるは難い。将に将たる心がまえを持ち、指導力をもって、学会組織は、支部長、地区部長、班長、組長の縦の結合を堅くすること。横の連絡にこだわる必要はない。

 きょうから、月一回、組長諸君に、真剣勝負で直接の指導をするから、その意気で指導を受けられたい。

 

昭和27年5月30日

江東総支部組長会

神田旧学会本部

 

 

折伏教典を生かせ

 

 折伏教典の価値を、ほんとうにつかんだものがどこにいるか。はなはだしいのは、教典の名も知らぬ地区部長もありと聞くが、売るためのものでなく、買うためのものでもない。

 

 教典がなかったら、自分のを貸しても読ませなければならないのが、折伏教典である。仙台支部、大阪を学べ。

 これこそ折伏教典の生きた姿である。

 九月から、二千世帯を目標に進む決意である。

 

昭和27年6月30日

本部幹部会

神田旧学会本部

 

 

寺院建立第一号を喜ぶ

 

 わたくしは、さきほど唱題しながら、さぞや恩師牧口先生は、この第一号の教会のできましたことを、お喜びなされていることと思い、涙にむせんでしかたがなかった。

 

 わたくしの念願は、鶴見に教会を建てることであったが、どうしても本部を建設せねばならぬ状態になり、やむなく教会を建てるのを第二義にまわした。

 

 この寺院建立にあたっては、種々困難なことがあったが、今回めでたく建設されたことは、まことにうれしく、喜びにたえません。

 

 かえりみますれば、あの大東亜戦の末に、学会大弾圧がありましたが、そのとき、幹部はぜんぶ投獄されてしまいました。

 鶴見においても、支部長の弟、孝君が投獄されました。出獄後、まだ中学生であった森田一哉君が、かって牧口先生に、二、三度お会いしたのみの感激を忘れず、わたくしを尋ねてこられたが、このことにより、一哉君のいかに信心が深いかを知ることができます。

 

 鶴見支部が、このように多数の信者を得たのも、ひとえに一哉君の熱烈な闘志によるものである。わたくしは、一哉君を心から賞讃いたします。

 

昭和27年7月27日

白蓮院支院入仏式

日蓮正宗白蓮院支院