煩悩即菩提・生死即涅槃

 

【問】御書の「煩悩即菩提」「生死即涅槃」とは、どのようなことでしょうか。

 

【答】 これは日蓮正宗の根本的な、重大問題であります。頭で思索してもつかめぬし、私自身もわからない

しかし一応、理の上から述べます。

 

 凡夫の生活は煩悩だけであり、煩悩のみにあらずと考えるのは空想、観念であります。聖人や君子のごとくあ

りたいと願っても、実際問題として不可能であります。うそをつかぬという者こそ大うそつきです。自分の煩悩

に生きながら、煩悩のままに、安心しきった幸福境涯をつかむ生活を「煩悩即菩提」「生死即涅槃」というので

す。漁師が漁をする姿は煩悩だけの世界であり、釣師が釣の中に楽しみを感じている姿は、煩悩即菩提でありま

す。

 

 煩悩がなかったならば悟りはないのです。かりに、お腹がへって食べたいという心は、煩悩です。食べて満足

する、満足することが菩提です。幸福なのです。人生に悩みというものがなかったら、人生ではないのです。そ

の悩みが悩みでなくなってくるところが菩提です。なにも菩提だ、悟りだといって大した変わったものではない

のです。煩悩があればこそ満足があるので、満足があるからこそしあわせを感ずるのであって、毎日朝起きて、

からだのぐあいがよくて、食べるご飯がおいしくて、毎日自分のすることがうれしくて、これで困らない生活が

できる、この生活が菩提です。変わったものではないのです。煩悩即菩提というと、とても変わった人間になる

というような、老え違いをしない方がよい。