大御本尊の前にはなぜシキミがないのか

 

【問】御本尊様の安置してあるところには、かならずおシキミが飾ってありますが、奉安殿の大御本尊様の前

には、なぜおしきみが飾ってないのでしょうか。

 

【答】 仏法には、化儀と化法という二つの法がありまして、シキミをあげたり鐘をならしたりする方を化儀と

いいまして、代々の法主様ごとに変わってさしつかえのないことです。化法というのは仏法の根本原理でして、

これは絶対に変わらないし、変えられない。おシキミのことや鐘を五つたたくとか、どうとかということは、化

儀の内にはいるのです。だからお坊さんに聞けばわかります。おシキミをあげないのは、お寺が貧乏だから、あ

げないのではありません。

 

 シキミというのは、日本にあるたった一つの香木なのです。この法華経や他の経文を読みますと仏にはかなら

ず紫檀とか黒檀とか申しまして、匂いがよい木で焚いたものをさしあげると書いてあります。ですから、おシキ

ミをさしあげて、その香りを供養するのです。

 次に、おシキミは、常緑樹で、いつも緑の葉をつけていますが、これは生命の常住を示すものとして使うので

す。ところが草花を使うと、すぐ花も葉も枯れて、命の短いことを意味するでしょう。無常ということを意味し

ます。それは小乗経の教えですから、草花は用いないことになっています。

 なぜ大御本尊様に用いないかという質問ですが、広宣流布までは、奉安殿にお住まいになっていらっしゃる大

御本尊にさしあげることはできません。こちらができないのです。いまは特別に、内拝がゆるされて御開扉を受

けるのであります。

 あなたがたが広宣流布をして、事実の上で本門戒壇が建立され、大御本尊が、そこへお出ましになった時には、

シキミをじゅうぶんにあげることができるのです。

 大客殿というのがここに立つのです。その時にはこんな安いのを建てるのはやめにしようではないですか。摩

利山の檜、カナダの杉、ガンジス河の石などを集めて建てましょう。

 ところが困ったことに、インドのガンジスが山奥へ行ったらどうだかわからないとは思いますが、きたなく、

ドロドロになって石がなくてだめだという。とにかく世界の樹木を持ってきて、ここに大客殿を建てるという問

題です。まあ一年や二年ではやらないから安心しなさい。「また寄付でもしてくれって、あの野郎いうのではな

いか」などと、財布なぞ押さえる必要はありません。あなたがたが金持ちになってから頼みます。一年や二年で

はやりません。やれっこないのです。

 

 大客殿と申しますのは、天皇陛下や全世界の指導階級がお見えになったときに、お坐りになる部屋を大客殿と

いうのです。ここは客殿なのです。天皇陛下がこないから、安い木材で持っているだけなのです。これだから、

いまはこられては困るのです。だからこれで結構です。いずれにしても広宣流布の暁には、シキミをたっぷりあ

げましょう。いかがですか。