あ と が き

 私が、今回、法華経に関する著作を手がけることになったのは、現代にどうしても、この"生命の宝典"ともいうべき精神遺産を復活する必要があると痛感したからです。

 しかし、法華経は、二十八品にも及ぶ、かなり膨大なものです。私は、この仕事に取り組んでいるうち、大海に乗り出した、一艘の船のような感じを抱いたものです。当然、私一人の努力でなしうるものではない。七百年前の日蓮大聖人の哲理の光明、そして、戸田前会長の、法華経を現代に蘇生させた、思索の光を灯台として、私なりの航行を続けたのです。

 そこで、私自身、法華経という大海に再び確めたものは、溢れんばかりの「生命」の息づきであり、生命力を満々とたたえつつ、現代人を、そして現代文明をも、生き生きと蘇生させずにおかない哲学の光波であったといえましょう。

 ところで、いちおう、お断わりしておきたいことは、この本では、法華経について、あえて歴史学的、文献学的、考証学的方法はとっておりません。こうしたことも大切なことですが、法華経そのものに迫る別の方法もあるはずです。

 日蓮大聖人は、法華経に対して「一一文文是れ真仏なり」という姿勢で臨まれました。そこにこそ私の立脚点を置いたからなのです。また、法華経を過去の経典としてではなく、現在と未来を照らす明鏡として、とらえたかったからです。

 この本は、法華経のいわば入門書です。ですから、なるべく平易に、私の体験などを織りまぜながら書きました。むろん、この一書に法華経のすベてを語り尽くすことは不可能でしょう。しかし、なんとか法華経に特徴的な内容を織り込むことによって、全体を把握してもらうように心がけたつもりです。

 また、祥伝社編集部の方々の根気づよい勧めがあって、はじめて出版することができたと思っています。ここに、すべての方々に、厚く感謝申し上げるとともに、この一書が、読者の皆さんにとって、今日を生き、明日に生きるうえに、なんらかの参考になれば、これ以上うれしいことはありません。また、現代の危機の波濤の向こうにのぞく、一筋の灯明として、法華経に新しい価値を見いだしていただけたならば、望外の幸せです。

 最後に、日蓮正宗教学部長であられる阿部信雄先生もご覧くださり、心からなる賛意をいただいたことに対し、深く感謝申し上げるものです。

 

  昭和四十九年十一月                       原島 嵩