戸田城聖先生の巻頭言集 61 王仏冥合論 四、国立戒壇論

 

『勅宣並びに御教書を申し下して』とは守護付嘱の(いい)である。この守護付嘱の意が明らかになれば、この『勅宜並に御教書を申し下して』の御文の意が、諒々(りょうりょう)として明らかであろう。

 いま、付嘱論を明らかにするために、日寛上人の撰時抄文段によれば、次のごとくである。

 

一には弘宣付嘱(ぐせんふぞく)(いわ)四依(しえ)賢聖(けんしょう)は釈尊一代の所有の仏法を、時に随い機に随い演説流布するなり、嘱累品に云く「若し善男子・善女人あって如来の智慧を信ぜん者には、当に為に此の法華経を演説し聞知することを得せしむべし、其の人をして(ふつ)()を得せしめんが為の故なり、若し衆生有って信受せざらん者には、当に如来の余の深法の中に於て()(きょう)()()すべし」と。此の中に余の深法(じんぽう)と云うは()(ぜん)の諸経なり、既に法華経に対して余と云う故なり、若し台家の意は余の深法只是れ(べっ)(きょう)、余法(じん)(きょう)は即三教に通ず、但し次第(しだい)三諦(さんたい)(しょ)(せつ)を以ての故に爾前の諸経は即是れ三教なり、故に大義(こと)なること無きなり。

 二には伝持付嘱、謂く四依の賢聖は如来一代の所有の仏法を相伝受持して世々相継いで住持する故なり、涅槃教第二に云く「我今所有の無上の正法(ことごと)(もっ)摩訶(まか)迦葉(かしょう)に付嘱す、当に汝等の為に大依止(えし)()ること(なお)如来の如くなるべし」等云云。(とう)()四に此の文を釈して云く「迦葉能く世に(つい)で伝授するを以てなり」又第五に云く「迦葉独り住持(じゅうじ)(にん)ず、是れを以て祖々相伝住持(そそそうでんじゅうじ)()えざるなり」楞厳疏(りゅうごんじょ)に云く「覚性三(かくとくさん)(とく)秘蔵(ひぞう)に安住し、万全の功徳を持して失わざる故に住持(じゅうじ)と云うなり」今寺主を以て通じて住持と云うは此れ等の意に依るなり。

 三には守護付嘱、(いわ)く国王(だん)(のつ)(とう)如来(にょらい)一代所有の仏法を、時に(したが)い機に(したが)い能く之れを守護し法をして久住せしむ、涅槃経第三に云く「如来今無上の正法を以て、諸王・大臣・宰相・比丘・比丘尼・()()(そく)()()()に付嘱す、是の諸の国王及び四部の衆(まさ)に諸学人等を勤励(きんれい)して(かい)定慧(じょうえ)を増長するを得せしむべし」又涅槃経に云く「内に智慧の弟子有って(じん)(じん)の義を(さと)り、外に清浄の(だん)(のつ)有って仏法久住す」等云云。此の中に戒定慧は一代及び三時に通ずるなり、若し末法に在っては文底深秘の三箇の秘法なり、(つぶさ)()()(はん)(もん)(しょう)(かつ)て之れを書するが如し、故に之れを略するのみ』

                     (富士宗学要集 第四巻 疏釈部三四三㌻)

 

 この守護付嘱において述べるがごとく、『時に随い機に随い能く之れを守護して、法をして、久住せしむ』とあるが、『勅宜並に御教書を申し下して」は『能く之れを守護する」に当たるのである。また、「外に清浄の壇越有って仏法久住す』もまた、この意である。もし、これを平易にいうならば、時の権力者および国民大衆に、三大秘法の最高善なることを納得させることであろう。また『霊山浄土に似たらん最勝の地』とは、現在の富士大石寺ではあるまいか。後に富士山をひかえ、前に広ばくたる平野をもち、はるかに駿河湾をのぞんで、清浄にして広大なる感じをあたえるではないか。また、「戒壇を建立す可き者か」とは、未来の日蓮門下に対して、国立戒壇の建立を命ぜられたものであろう。

                             (昭和三十一年十一月一日)