https://www.immunooncology.jp/patient/mesothelioma/ch01.html
希少癌 中皮腫で亡くなった。
(アスベストを吸い込んだ為)
自営業だった父親が
どこで吸ったのか
母親に
聞いてみた。
昔
車のエンジン部分に
石綿をつめていたらしい。
あ、小さい頃
工場で綿みたいなのを
無動作にちぎってたの
見たな。
あれか。。。
父親は、農業もやっていて
身体つきは細マッチョ
健康体。
86歳になり
3年ぶりに町の検診を受けた。
そこで引っかかり大きい病院行くよう言われ
検査ばかり。
最終検査の結果は、内臓に沢山転移。
余命半年。
針生検を怖がったり
抗がん剤治療をやりたいと
体力ないのにチャレンジして断念し
気力も体力もさらに低下する。
次女姉と甥っ子(長女姉の子)と私の3人で
外出許可が出て
喫茶店に行き
父が珍しくドライブしたいと。
その時の写真🤳
父は助手席で黙って海を見ていた。
大好きなホームセンターへ
杖を突いて歩いていたけど
辛そうで、ホームセンターの車椅子を借りた。
次女姉が車椅子乗る⁉️と聞いても
「いらん‼️」と言ったのに![ねー](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/075.png)
![ねー](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/075.png)
私が
「お父ちゃん、車椅子タダで借りれるから大丈夫、乗って好きなの見ようよ」
頑固親父
頷く![ほっこり](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/055.png)
![ほっこり](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/055.png)
私が車椅子をついて回った。
油指しを1個買った。
父は、もう自宅に帰れないのに。
嬉しそうに病室に持って帰った。
意識がなくなって
数週間
病院から、もうあまりもたないと電話。
痰が詰まり苦しそうで
胸の片方だけ、おっぱいのように膨れ上がり
足が🦶紫色になっていた。
次女姉と2人で泊まった。
次女姉
「お父ちゃん、私らが看取るからね」
頭を撫でながら言った。
次の日の夕方
私も姉もこれ以上、仕事を休めなく
渋々帰る。
次の日の朝
父は空に召された。
父らしい。