前日はホテルの近くのお好み屋さんにいってそのまま缶酎ハイを飲んで早々に寝て、起きたら4時半。さてどうしよう。お城巡りしてもスタンプ場が開いてなかれば仕方がなし、チャット君のおすすめは鞆の浦だったような。幸い鞆の浦の駐車場は24時間営業らしい。観光客が集まる前にいざ出発。
 ネットで調べてみたけれど、何が何やらで全くわからない。観光協会は閉まってるし、ファミマに入っていろいろ聞いてみると、観光パンフレットをいただくことができました。路上駐車も考えたんですけどねぇ、資料館の駐車場に車を入れて常夜灯まで歩いてみることにしました。

 
 軽自動車がぎりぎり通れるくらいの路地だよねぇ。

 たぶん、常夜燈の前の喫茶店の看板。
 
 ここから下道で広島へ。市営の駐車場に入れたつもりが市民病院の駐車場に入れちゃうし、出ようとしたらむやみやたらに300円とられるし。広島って駐車料金高っ!気を取りなおしてお城に向かえば、反対方向に歩いてるし。
 

 なんやかんやでようやくお城の中に入れました。
 石垣が立派。
 

 復元とはいえ、天守閣も立派。時期も時期なのか、博物館内には外国の方もちらほら。説明文も日本語と英語だしねぇ。読む気もなかったので、ミニシアターを見て回りました。
 その中でボランティアさんが、福島正紀公が川中島に国替えになったとか。いや、川中島じゃなくて、高山村なんだけどねぇ。
 江戸のはじめ、北信濃に川中島藩ってもがあったらしい。その領地を見れば、北は小布施の辺りから南は今の千曲市の辺りまで。その後、真田氏が松代に入って松代藩って呼ばれるようになるんだけれど。確かに福島正則公が流された時には川中島だろうけれど、今は高山村だけどねぇ。お墓は小布施の岩松院。北斎の鳳凰図の方が有名なくらいです。
 

 そんな話をボランティアさんとしながら連れて行ってもらったのが、国替えになった原因の石垣。今でもそのまんまになってるのね。
 じっくりお城を見て回っていたら、駐車料金は810円。観光地だしこんなもんかねぇ。
 車を福山に向けて、途中で三原城によることにしました。駐車場は駅前の商店街の中。駅にも駐車場があったみたいですけどねぇ。

 駅の中を進むとこんなに大きな看板が出ています。
 

 駅の裏側には、立派な遺構に丁寧な説明の看板場いくつも建てられていました。続100名城のスタンプは駅の建物に隣接する観光案内所の中。
 立体駐車場の下にスーパーを見つけたので、ここで夕飯を購入。1000円以上買ったら駐車場代がタダになりました。なんだか得した気分になりながらホテルに帰ったのでした。