★完璧を目標にしてもいいが、完璧になってはいけない
「完璧」「完全無欠」こういった言葉に魅力を感じるでしょうか?
何不自由ないと感じれば、直感で「完璧がいい」と思ってしまうかもしれません。
少なからず私はそうでした。
では改めて「完璧な世界」をイメージしてみてください。
言ってみれば、レベルが限界値でこれ以上成長する必要も無く、相手にするような敵もいないといって感じ。
あくまで例えですが、分かりにくかったらすみません。
世界観で捉えるなら、解決すべき問題も達成すべき目標もない世界。助けを必要とする人もいない。
さて、そこに自分の居場所はありますか?
なにひとつ問題も不満もない完璧な世界であれば、役に立つ余地がないということですから、存在意義がわからなくなります。
世界にせよ個人にせよ、スケールこそ違えど、問題や課題を抱えているものです。
それならば着実に、一歩一歩その不完全さに挑戦して、少しはましなものにしていく程度でも、前に進めたという実感が持てた方がエネルギーもわいてくるのではないでしょうか。
変化の余地、延びる余地がないと、窮屈な人生を歩むだけですから。
だから不完全なことを悲観するのではなく、むしろ伸びる方向、進む方向が選択できるということを喜ばないといけないのかもしれません。
世の中なんて不完全なものだと思っていたほうが、その不完全さの中に「いいこと」をきちんと見いだすことができるようになるし、それを素直に喜ぶこともできるのだと思います。
何でも完璧にやろうとすると、どんどん自分が窮屈になってしまうし、それにどんどん周りが見えなくなって時には「人」を無視した行動にも陥ってしまいます。
失敗して助けてもらうことを「恥ずかしいこと」と捉えたままでいると、誰かが失敗した時にも手を貸せない自分になってしまいます。
心ある人は、ちゃんと手を貸すことも知ってるし、借りることも知っています。
心ある人は、ちゃんと手を貸すことも知ってるし、借りることも知っています。
「完璧」という言葉を見直してみてくださいね。
そして自信過剰になれとは言いませんが、自分の未熟さに嫌気がさしたなら、それは「解決して前進したい」という想いの表れですので、自分を信じて前に進んでください。
それが読んで字のごとく、「自信」になるのですから。
