最近、このブログをお読み下さる方々の中に、一部、ひどく淀んだ負のエネルギーを感じます。
私利私欲、あるいはアラ探しのような不純な動機で、もし読む方がいれば、その負のエネルギーは宇宙の「鏡の法則」に基づき、即座にそのままご自身へ還ります。
私は「いいね」や「フォロワー」という三次元の数字に価値を置きません。不特定多数との関わりは私にとって不要な負荷であり、私はただ共鳴する魂へ、たった一人であっても届けばそれでよいのです。
私の言葉は、目醒めを必要とする魂には光となりますが、不純な動機や執着を持って非公開等で覗き見る方には、その淀みを増幅させ、カルマとして蓄積されます。
心当たりのある方は、ご自身の魂のために立ち去ることをおすすめします
私が生まれ育った寺では、人の心の奥底にあるものが「生霊」という形をとって現れることが多々ありました。今日は、対照的な二人の男性のエピソードを通じて、念の恐ろしさと、それを跳ね返す力について記します。
✱【執着の化身となった「Sさん」の話】
十年前のある夜中、寺の二階にある私の寝室に、何者かが侵入してきたことがありました。
寝室の引き戸がそぉーっと開き、また静かに閉まる音。そのあまりに几帳面で神経質な所作に、私は直感的に「家族ではない、霊的な侵入者だ」と悟りました。
暗闇の中、仰向けになった私の視界に飛び込んできたのは、薄緑色の作業服を着て、ヘルメットで顔を隠した男の姿でした。見覚えのあるその作業服は、信者のSさんが好んで着ていたものでした。
生霊とは、強い執着や支配欲を持つ人間が、無意識に自らの魂の一部を切り離し、対象者へ飛ばす現象です。Sさんは物理的に忍び込む代わりに、霊体として私の寝室を監視し、独占しようとしたのです。正体を隠しながらも覗き見たいという卑屈な欲望はヘルメット姿に、病的なまでの浸食欲は静かな引き戸の開け閉めに、鏡のように現れていました。
私は「負けてはならない」と、枕元にあったスマホのライトを点け、男の顔を照らしました。その瞬間、男は霧のように消え去りました。私の聖域を侵そうとした邪悪なエネルギーは、ライトの光によってすべて本人の元へ跳ね返しました。
その結果、翌日、寺に届いたのは、Sさんが「急に入院した」という知らせでした。
Sさんが放ったエネルギーをSさんが自ら受け取り、入院したという話です。
Sさんは、権力や支配を重んじ、周りをコントロールしたがる独善的な性格でした。住職である父や母の慈悲深い優しささえも軽く扱い、無礼な言動を繰り返す…彼が来てから寺の空気は、一変してしまいました。
父と母が亡くなった今、寺に残っているのは、権力に溺れる住職や、問題を起こして流れ着いた挨拶もできない僧侶、そして威圧感を増すSさんだけです。人としての程度の低さ、最も低波動なエネルギーを持つ三人が寺に揃いました。
他の信者の方は、寺から遠ざかっていきました。まともな神経を持つ者であれば、今の寺に行きたいとは思えないでしょう。
私も結婚を機に寺を離れましたが、父も母もいないその場所に、もはや用はありません。
小さなこの寺は腐敗の道を歩んでいます。寺に残る三人と本寺が招いた結果です。この事はやがて、本寺の組織にも多大な影響を及ぼすことになるでしょう。
✱【魂の人柄が現れる「Tさん」の話】
生霊は、決して悪意だけではありません。そこには本人の人柄が現れます。
かつて寺の長を務めていたTさんは、心優しく、真面目そのものの方でした。
ある日の昼下がり、私が寺に帰宅し玄関で靴を脱いでいると、再び扉が開く音がしました。そこに入ってきたのは、Tさんの生霊でした。本人は他のお寺の行事に参加していた時間でしたが、よほど気になる用事があったのでしょう。生霊となったTさんは私をスルリと通り過ぎ、電話機を確認したり事務所を回ったりと、熱心に「仕事」をしていました。
夕方、戻ってきたTさん本人は、笑顔で私に話しかけてくれました。わざわざ立ち寄り、用事を済ませるその姿には、生霊の時と同じ真面目な人柄が溢れていました。
しかし、父が亡くなり、本寺の僧侶たちが介入し始めてから、Tさんは体調を崩されました。
不純な動機を持つ者たちが介入したことで、父が守ってきた温かな場所が、損得勘定の渦巻く 『不毛な地』 へと寺が変貌したことに、Tさんは疲弊されたのだと思います。真面目で優しい方だったからこそ、『冷徹な圧力』 をすべて真正面から受け止めてしまわれたのでしょう。
そんなTさんを、今の住職たちは「ボケてるし、もうアカンな」と嘲笑ったのです。僧侶でありながら、病にある信者をバカにする。その浅はかで慈悲のない姿に、私はただ呆れるばかりでした。
僧侶といえど、一人の人間です。
欲深い者もいれば、真面目な者もいます。
しかし、本寺の僧侶たちは論外でした。彼らが放つ淀んだ念は、私が初めて見た霊現象「ブラックホール」の原因にもなっていたのです。
目に見えない世界は、嘘をつけません。
あなたの放つ念は、光にもなれば、自分を焼く刃にもなるのです。
