「大変良くお似合いです。お妃様」
女官達が私の姿を見て表情も変えずに言った。
私は自分が着ているドレスにそっと手をやった。真っ黒のドレスには豪華な金色で刺繡がしてある。
鏡の中を覗くとトルータン王族の式服を着た自分の姿が見えた。
(アルト……)
あの廟で会ったのを最後にアルトとは1度も会えないまま1週間が過ぎた。
今日は――遂に私達の結婚式、だそうだ。
ここに来た時私はアルトの事が大嫌いだった。
地上にワープする為にだけアルトにも『愛』を送ろうと思った。
だけど今はそうじゃない。
このままじゃアルトがあまりにも可哀そうだ。
私はアルトの事も救いたい。
(大丈夫。うまくやれるわ)
アルトだけじゃない。私の肩には73億の地球人の運命がかかっている……。
少しずつ送り込んできた『愛』。
地下帝国の波動は私がここに来た時と微妙に違っている。
私の計画がばれればトルータン達に感情を抑えられてしまうわ。
だから飽くまで上げるのは私達の最低基準値。
爆弾のスイッチが入れられるのは私達の結婚式の一番最後の催し物。
その時に『愛』を最低基準の数値まで引き上げるには――。
「お時間でございます」
「今行くわ」
女官の言葉に私は立ち上がった。
長い廊下を歩き大広間へ。式はここで執り行われる。
ギイッ
重々しく扉が開かれる。
大勢のトルータンが集まっている。
神官のいる壇上にアルトがいる。こちらを振り向きもしない。
(あれがシリウスの……)
(苦肉の策とは言えあんな小娘を帝国に迎えるとは)
客人達の思考が聞こえてくる。
分かってる。気にしている場合じゃないわ。
私は女官に促されるままに大広間の中央に敷いてある紫色の絨毯をゆっくり歩いた。
ドクンドクン……
(沈まれ、私の心臓)
波動を少しでも狂わせたら『愛』をコントロールできなくなる。
私は壇上に上がり静かにアルトの横に立った。
「これより結婚の儀を始める」
神官が静かに言った。
「お待ちください」
「?」
アルトの言葉に私は思わず彼を見た。アルトはやはり私の事を少しも見なようとしない。
「その前にあれを」
(え?)
女官が私達の前に立った。
そしてアルトに何かを差し出した。
それは……。
「きゃああっ!!!」
私は悲鳴を上げ、その場に座り込んだ。
女官が持っていたもの、それは、髪の毛の束だった。
その髪は。
髪の毛から僅かに残る記憶は真紀と山ちゃんの――。
「嘘つきっ!!」
アルトに向かってそう叫んだ。
私が妃になれば2人を地上に帰してくれるって言ったのに。
2人は、殺された。
そしてトルータン達の食事になったのだ。
(分かってるわよ)
これはアルトの意思じゃない。
頭では分かっている。
分かっている、けど!
「さあ、誓いの言葉だ」
アルトが私の腕を強引に引っ張った。
帝国は私の計画に気づいていたんだ。
だから私の気を狂わせる為にこんな卑怯な。
「…この者を妃とする事を認めますか」
淡々とした神官の声。
(ちょっと、待って)
「誓います」
アルトが言った。
「セリ・高見沢・ティヌール。皇帝の妃となる事を誓いますか」
(駄目!)
私が誓ってしまえば結婚が成立してしまう。
あの催し物が実行されてしまう。
でも駄目。こんな気持ちで『愛』の数値をコントロールするなんて……。
(お兄様を助けて)
ハッ
ルウルドの声が聞こえた気がした。
「……」
グイッと私は涙を拭った。
そしてしっかりと立ち上がった。
隣のアルトの顔を見た。微動だにしない冷たい表情。
だけどあの時、庭園で震えていたあの手は嘘じゃない。
73億の地球人の為に、アルトの為に今私ができる事と言ったら。
私はその感情を包み込むように自分の胸に手を当てた。