私が初めてその子に出会ったのは、夏休みも終わった9月のある雨の日。

 

 小学校からの帰り道での事だった。

 川沿いを歩いているとふと視線を感じた。

 

見ると川の向こう岸に、1人の男の子。

 傘も差さずにこっちを見ていた。

 

「――」

 何か言いたそうな口元に思わず足を止めた。

 

(誰?知らない子……)

 

「さっちゃん?」

 そんな私に気づいて一緒に歩いていた真由子も足を止めた。

 

「え?」

「何見てるの?」

「あ、あの子……」

 真由子にその子の事を伝えようともう1度向こう岸を見た時にはもうそこにその子の姿はなかった。

 

「さっちゃん?」

「ごめん、なんでもない」

「もー」

 真由子は呆れたように前を向き歩き出した。

 私も真由子と歩調を合わせ「家」に帰った。

 

「家」と言っても私達は学校の皆のように家族と暮らしているわけじゃない。

 学校が終わって帰るのはここ「あおぞらの家」。

 お父さんやお母さんと暮らせない子どもが暮らす児童養護施設だ。

 ここには今4歳から15歳までの女の子18名が在籍している。

 

 

 靴を脱ぎ、廊下を歩き自分達の部屋に入る。

 すると5年生のこずえと忍はもう帰っていた。

「おかえり」

「雨まだ酷かった?」

 

「朝よりはちょっとまし」

 言いながら真由子はランドセルを降ろした。

 私達の部屋は4人部屋だ。

 

 

 子ども達があおぞらの家にいる理由は様々。

何年もいる子もいれば数日しかいない子もいる。

 

 例えば真由子や忍は小さい頃親から虐待を受け保護されこの施設に来た。

 こずえは2年くらい前にお母さんが死んじゃってからここに来た。おばあちゃんがたまに面会に来る。

 

だけど私、高橋さちにはここに来る前の記憶はない。

物心がついた頃には既にここで暮らしていた。

あおぞらの家に入る前は乳児院にいたと聞いている。

 

  ガチャリ

 

 ドアが開く。

 見ると1人の女の子が立っていた。

 

「ほのちゃん」

 ほのかはまだ4歳の小さな女の子。栗色の髪の毛が可愛い甘えん坊。3か月前にこの施設に来た。

 お母さんが病気で入院している間だけここにいる。

 土日はお父さんが来てくれて自分の家に外泊したりしている。

 

「どうしたの?」

 忍が聞く。

 

 ほのかは答えない。

 ただ立っている。

 

「ほのちゃん?」

 真由子がサッとほのかの額に手を当てた。

 

「ほのちゃん、熱ある」

「えっ」

 言われて見れば顔が赤い。

 

「先生、呼んでくる」

 こずえが立ち上がった。

 

「いいよ。今いるの絹田先生と黒川先生じゃん。何もしてくれないよ」

 真由子が言った。

 確かに、と私は心の中で頷いた。

 絹田先生や黒川先生が病気の子の看病をしてくれたのなんて見た事ない。

 

「遅番は小川先生でしょ。それまで寝てな」

 真由子は自分のベッドにほのかを寝せた。

 

「タオルしぼってくる。ちょっとほのちゃんみてて」

「分かった」

 真由子は部屋を出て行った。

 私はほのかのシャツを少し緩めた。

 

「大丈夫?」

「さっちゃん……、うん」

 ほのかは弱々しく頷いた。