緊急用のブザーが鳴ったのはわずか10分後の事だった。

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。C―16地区火災発生。レースは中止、レースは中止です』

 

 ソルハと亮一はガタンと立ち上がった。

C―16地区とはまさに今アリスが向かった市場の辺りだ。

 

「なあんだ」

「拍子抜けしちまうよなあ」

ぼやきながらレーサー達が帰り支度を始める。

 ソルハと亮一はすぐさまテントを出た。

 

「っ……」

市場の方はもう真っ赤だった。

これはボヤどころの騒ぎではない。 

 

慌ててレースのスタート地点へ走った。

 

「あっ、ちょっと待ちなさい!レースは中止です」

 係員がそう叫ぶのを振り切って船に乗り込む。

走って行ったのでは間に合わない。

 

  ウイイイイイイイインッ

 

 船を発進させる。

そして全速力で市の方へ向かう。

 

 

火の周りが早い。

2人は必死に空中からアリス達を探した。

 

「いたっ!!亮一、止まれ!」

 ソルハが叫んだ。

ボロキレで口を押さえながら歩いているアリスとギルの姿を見つけた。

 

「アリスッ!!ギルッ!!待ってろ、今助けてやる!」

 

「………!!」

 アリスがこっちに気づき何か叫んでいる。

亮一は2人の声が聞こえるようにスピーカーをONにした。

 

「……からっ、私達の事はいいから早く行って!!」

「何言ってんだよ。早く上がれ!!」

 備え付けの縄梯子を下ろしながらソルハも気づいていた。

このレース用の船は元々1人乗り、既に定員オーバーしている。

あと2人乗せられるとは思えなかった。

 

「時間はかかるがとりあえずお前をどこかに降ろして俺が1人ずつ運びにもどるか……ああっ!?」

 亮一が叫ぶ。

向こうの方から船が何隻か飛んで来る。

その船のマークは紛れもなく宇宙警察のものだった。

「くそっ……」

 

「あちっ!!」

 ソルハの手から縄梯子が落ちる。

 飛んできた火の粉が縄梯子に点き燃えてしまったのだ。

ソルハは両手を火傷していた。

 

「水辺が近くにあるから大丈夫だ!!」

 ギルが叫ぶ。

アリスも頷く。

「……お願い。行って!!」

 宇宙警察の船はすごい勢いでこちらに向かってくる。

 

「チキショ―!!」

 亮一が悔しそうにチェンジレバーをFにしてハンドルを掴む。

 

「じゃーな!!また土星に来いよなー!!」

 ギルが大きく手を振る。

2人は笑顔を見せた。

「バイバイッ!!あんた達に会えて良かったよ!ソルハ、亮一……亮……」 

 突然アリスの顔から笑みが消えた。

 

「……お兄ちゃんっ!!」

 

  ビクン

 

 亮一の手が止まる。

 

 アリスは首からいつも下げている小袋の中から何かを取り出した。

 金色に光る小さなもの、それは間違いなく亮一のあの金ボタンだった。

 

「……薫?薫っ!!」

 

  ダダダダダダダダダダダッ

 

 宇宙警察はこちらに発砲してきた。

 

「亮一っ!!」

 放心状態の亮一に代わりソルハがハンドルを持つ。

見よう見真似でそれを動かそうとしたが思うようには動かない。

 

  プスン プスン

 

エンジンが止まり機体が落下して行く。

このままでは火の中に墜落する。そうソルハが思った瞬間――

 

  ドオオオオオオオオンッ

 

 大地が唸りをあげて爆発した。

 

 ソルハ達の船はその爆風で吹き飛ばされた。

その中でなんとかソルハはレバーを動かした。

下は火の海だ。

 こうなったら計画通り宇宙に出るしかない。

 

  ガガガガガガガガガガガッ

 

「うわっ!」

宇宙警察はまた攻撃をしかけてきた。。

 

「亮一!亮一っ!!」

 必死にレバーを動かしながらソルハは叫んだ。

「う……ああ」

 亮一はまだ正気に戻っていない。

 

10年以上探していた妹が目の前にいながら救えなかった。

それどころか10日も側にいて気づいてやる事すらできなかったのだ。

 

  ガガガガガガガガガガガッ

 

  バシッ

 

 船の後部に銃丸が当る。

 手当たり次第レバーやボタンに触るが動かない。

赤い点滅灯が点きブザーが鳴り響く。

船が壊された所為が自分が適当にボタンを触ってしまった所為なのかソルハには分からない。

(もう駄目だ!)ソルハは目を閉じた。

 

 ズガアアアン

 

 けたたましい音と共に船が燃え出した。

しかしそれはソルハ達の船ではなく宇宙警察の船の一隻だった。

 

トンと小さな衝撃を頭上に感じた。

 見るとソルハの船の上に誰かが乗っている。

宇宙服を着ているので顔は見えない。

 そいつは宇宙警察に向かって何かを投げた。

するとそれが当りまた一隻に火が点いた。

 警察が反撃する間もなく次々にも燃え上がって落ちていく。

 

警察は先頭の1隻が後退したのを合図に散々に退却して行った。

 

 

「ふう……」 

 しかしソルハは安堵できなかった。

この目の前の奴が敵か味方か、何の目的で警察を攻撃したのか全く分からなかった。

 

宇宙服のそいつはソルハ達の船に何かロープのようなものを装着した。

そしてロープを伸ばし近くに停滞している中型の宇宙船に繋いだ。

するとロープに引っ張られソルハ達の船はその中に収容された。