「これで50ルークよ」  
「ああ。じゃあ、これで」
 亮一はアリスから燃料を受け取ると財布の中から50ルークを渡した。
 
「店を抜けさせて悪かった。迷惑ついでに1つ聞いて良いかな?」
「ええ。何?」
「この女の子を知らないか?あ、これ13年前のポログラフィなんだけど」
 亮一はいつものポログラフィをアリスに見せた。
 
「戦争の生き別れ?赤ん坊なんてすぐ成長するもの。これだけじゃわかんないわ」
 戦争で生き別れたなんて話その辺にごろごろしてる。
大規模な市場のある土星では亮一のように生き別れになった家族を探しに来る者は少なくなかった。
 
「この子、誰なの?」
「俺の妹なんだ。それからこの金ボタンを持ってるかも知れないんだけれど」
 亮一は13年前宇宙船の事故で宇宙空間へ投げ出された事、妹もその船に乗っていた事、もしかしたら金ボタンを持っているかも知れない事、そして自分は丸2日宇宙空間をさまよい通りすがりの船に助けられた事を話した。
 
「……この子、死んでるかも知れないじゃない」
 アリスは言った。
亮一はその言葉に少しだけ顔をこわばらせてから笑った。
「生きてるよ。同じ船に乗ってて俺はこうやって生きてる。妹もきっとどこかで助けられたんだと思う。でも赤ん坊だったから俺が探してやらなきゃ」
 亮一の言葉は強がりではなかった。
 本当に信じているのだ。妹はきっとどこかで生きていると。
 
「幸せね、その子。あなたみたいなお兄さんがいて」
 アリスはため息をついた。
「知らなければいいんだ。それじゃあ、そろそろ行くよ」
 
  バンッ
 
 亮一とソルハが外に出て行こうとしたその時急に玄関のドアが勢い良く開いた。
 見ると先程アリスの店にいた男の子、ギルが息を切らして立っていた。 
「良かった!間に合って!!なあ、町外れで正規の入星許可が下りてない船が見つかったって警察が来て騒ぎになってる!!あれ、あんたらの船だろ!?」
 ギルは早口で言った。
わざわざ知らせに来てくれたのだ。
 
「ちっ、しくじったな。あそこなら見つからないと思ったんだが。……まあ、いい。新しい船を買って行くさ」
 この星にいる事がばれてしまったのは痛手だが土星なら船はすぐに手に入る。
 そう慌てる事はない。
「あんた達知らないの?この星ではちゃんとした身元証明がないと船は買えないわよ。追われてるんでしょう?」
「え?でも前に来た時は確か……」
「ええ、確かに買えたわ。1年くらい前まではね。でも奇妙な事が起こってから規制が厳しくなってんのよ」
 以前は確かに身分証などなくても船が売買できた。
けれど1年前新たな制度が出来てからはそうはいかなくなっていた。
 
「奇妙な事って?」
「西の海に水死体が打ち上げられたんだけどそれがちょっと変わってたのよ」
「変わってたって?」
 アリスは信じられないけどというような顔をしながら言った。
「その死体、背中に羽が生えていたの」
 ゾクッとソルハの背筋が凍った。
 信じられなくなんかない。『MIX』だ。
 
 「警察は海水につかり過ぎた所為で背骨が変形したんだって言うけどあれはそんなものじゃなかったわ。……あれは確かに羽だった」
 ソルハは亮一の服の裾を掴んだ。
今にも引きちぎらんばかりにその手に力が入っている。
 
「それからよ。何もかもおかしくなったのは。海は遊泳禁止になって海岸も全て閉鎖された。町の交番の数は倍に増えたし商売の規制も厳しくなった。……警察は理由を教えてくれないわ。でもとにかくそんなふうになったのはその死体が上がってからな……ちょっ!どうしたの。真っ青よ!?」
 アリスがそれに気づいたのとソルハが床に倒れ込んだのはほとんど同時だった。
 
ソルハは極度の恐怖から意識を失った。