息を潜めじっと待つ。
辺りは賑やかで警官達がどこにいるのか分からない。
 
「いいわ、出てきて。警官は行っちゃったわ」
 暫くすると先ほどの声がした。
2人は警戒しながら棚下から這い出た。
 
 声の主はみすぼらしい服を着たみつ編みの少女。
ソルハより2つか3つくらい年下だろうか。
「ギル、店番頼むわよ。……あんた達こっち来て」
 隣に座っている男の子に声を掛けるとその子は店から出た。
「……」
 ソルハ達もその後を追う。
 脇道に入り暫く行くと人気のない路地に出た。 
 
「助かったよ、ありがとう」
 亮一が礼を言うと女の子はくるりと2人の方に振り返った。
「どういたしまして。でもこんな明るい内から人通りの多い場所には来ない方がいいんじゃないの?『指名手配』さん」
「えっ!?何で……」
「そこら中に張り紙してあるよ。ま、あたしら商売人は物を買ってもらえりゃ気にしないし、よそ者はこんな所まで来て指名手配の張り紙なんかじっくり見やしないけどね」
 変装もしないで真昼間から出歩くのは危険だった。亮一は今頃その軽率さに気づいた。
 
「でもさっきのように警察もうろついてる。今すぐこの星から出た方がいいよ」
「そうだな。あ!でも俺らまだ船の燃料が……」
「なんだ、燃料を買いに来たの。うちの店で買ってってよ。ああ、でも大通りに戻るのはまずいね。家の方においで」
 女の子は強引に2人の手を引いた。
 亮一やソルハも助けてもらった手前、それに何より燃料が手に入りそうだったのでそれに従った。
 
 角を曲がると少年の集団がだらしなく座っている。 
そしてこっちに気づくとニヤニヤしだした。
「は、早足で行くわよ」
 女の子はこわばった顔でそう言うと急いで彼らの前を通り過ぎようとした。
 するとその内の1人がこっちに近づいて来た。
「おい、アリス」
 その声を無視し女の子は歩き続けた。
(この子、アリスっていうんだ)と考えながら2人もついて行く。
 
「今日の客は指名手配かよぉ」
 その声がまるで合図だったかのように後ろの少年達は一斉にアリスをはやし立てた。
「アッリスのきゃーくは指名手っ配!!」
「指名手っ配!!」
「ぎゃははははははは!!」
 近づいて来た少年はさっとアリスのみつ編みを掴んだ。
「何するのよ、放しなさいよ!」
 遂にアリス声をあげた。
「へへーんだ。デブやハゲた金持ち親父には簡単に触らせるのに随分冷たいんじゃねえか」
「ひゅーうっ!」
 後ろの少年達が冷やかす。
 アリスの顔は見る見るうちに赤くなっていった。
 
「いい加減にしないか!!」
 亮一はガシッと男の子の腕を掴むとひねり上げた。
ギリギリと今にも折れてしまいそうだ。
「いててててて!!いてーよ!!放せ!!」
 少年は亮一の手から逃れようと暴れた。
「もうからかわないと言え」
 亮一は更に手に力を込めた。
「いてーって!!たたたたたっ!」
「言え!!」
「もうしねえよ!!放せよぉ!!」
 それを聞くと亮一は腕を乱暴に放した。
 
少年は仲間と共に慌てて逃げて行った。
 
「ありがと。……悪かったね、あたしの事で」
「客ってあのお店のか?」
「あ!馬鹿、ソルハ!!」
 ぶしつけに聞いてしまったソルハを亮一は慌てて止めようとした。
アリスはにこっと笑った。
「いいのよ、別に。あたし昼間はああやって店やってるけど夜は人気のない所で客を、……男の客を取ってるのよ。だからああやってからかわれる」
ソルハはやっと気づいた。アリスは男に体を売る売春婦なのだ。
地球でも女の子だけの孤児グループの中にはドームの男達に体を売って食べ物を得ているグループもあった。
 
「でも店やってんだろ?俺の星でもそういうのやってた奴いたけど」
「ごめん。ソルハは別に悪気はないんだ。ただ、その君が……えーと、そう、ティーズとか病気にかかったりしたら大変だって、……その、心配しているんだ」
 ティーズというのは性行為によって移る病気で1度かかったら治らない。
潜伏期間は10年と長いが発症したら死ぬのを待つだけだ。
 
「ティーズになったって10年は生きられる。あたしが客を取らなきゃあたしの家族は明日食べるパンもないんだから」
 ソルハはアリスの目を見つめた。
彼女の瞳は自分に似ていた。
ミラージュの為に盗みをしていた自分の瞳とそっくりだった。
 
「店だけじゃ生活できる程はお金になんないのよ。場所代だけで半分以上持ってかれちゃうし、うちは妹や弟が5人もいる。父さんは戦争中兵隊だった時にヘマした所為で腕が1本ないし母さんもあたしと同じ商売やってるけど……あ!そんな顔しないで。同情はいらないわ」
 亮一の顔を見てアリスは話を止めた。
「あたしはあんたが思ってる程不幸じゃないわ」
「ごめん、俺……」
 アリスはふうっと息を吐いた。
「これはあたしの母さんの持論なんだけどさ。知ってる?『不幸』ってこの広い宇宙に1つしかないんだって」
「え?」
 アリスはまたにっこり笑った。
「宇宙でたった1つの『不幸』、それは自分で自分を『不幸』と思う事。あたしはこんな商売をやっているけど両親も弟妹もいるし住む所もある。健康で病気1つした事がない。……毎朝空を見上げるとその空が青くてなんかすっごく幸せな気持ちになれる。だからあたしは『不幸』じゃない。そしてこれからもならないわ、決して」
 
「強いんだな」
ソルハは笑った。
「ええ!土星っ子は元気だけが取柄なの。さあ、こっちよ」
 アリスはまた歩き出した。
 
ソルハと亮一もその後を追った。