「いい加減機嫌を直せよ」

「だって……!」

 客室に戻るとソルハは険しい顔でソファにドスンと腰を下ろした。。 

「あんまりじゃないか!なんなんだよ、あのクソガキ!!」

 

 ダウンタウンで憧れていた金持ちの生活、それはいばり散らす事でも食べ物を粗末にする事でもない。

 ただお金さえあればミラージュに栄養のある物を食べさせてやれる。

清潔な家に住む事もできる。

皆が幸せになれるって思っていた。

それなのにさっきの男の子の態度はなんだ。

きっと金持ちは知らないのだろう。ダウンタウンや月のような生活を。

いや、仮に知っていたとしても目を背けるのだろう。

同じ宇宙に住んでいながら、同じ地球の出身でありながらなぜこんなにも違うんだ?

「なぜ?」ソルハの中にその疑問が頭にこびりついて離れようとしなかった。

  

   ビーッ

 

 突然部屋のブザーが押される。

「!」

亮一とソルハは顔を見合わせた。

 

「……はい」

亮一はインターホンをONにした。

すると男の声が返って来た。

「お休みのところ誠に申し訳ございません。宇宙警察の者です」

 その言葉は2人にとって最悪のものだった。

 

「亮……」

「しっ。こっちへ」

 言いながら亮一はソルハを素早くバスルームに押し込み、シャワーのお湯を出した。

「でも……」

「出てくるな。あとは任せろ」

 

 バスルームのドアを閉めると亮一は客室のドアのロックを解除した。

 ドアの前には2人の警察官が立っていた。

「どうかしましたか?」                          

 2人の警察官は亮一の顔を見てハッとし敬礼した。

 

「たっ、大変失礼致しました。乗船名簿にN・ニコライ、S・ロフマンと記入してありましたので……」

「何かの間違いじゃありませんか?あ、パスポート確認します?」

「いえいえ、成瀬様でしたら必要ありません」

「そうですか?それより何か事件ですか?大変ですね」

「ええ、実は……指名手配中の容疑者を探していまして」

 手配書に載っているポログラフィを見て亮一はぎょっとした。

しかしそれを表には出さずに努めた。

「事件ってどういった?」

「内緒ですよ?無差別殺人の容疑者です。あの、お1人ですか?」

 

  ザアアアアアア

 

 奥のバスルームからシャワーの音が聞こえている。

「いえ、友人と一緒です。あいにく入浴中ですが」

「そうですか。お休みのところ大変失礼しました。あ、あの!お父様にくれぐれもよろしくお伝えください」

「ありがとうございます」

 

 ソルハはそのやりとりの間ずっとバスルームで息を潜めていた。シャワーのお湯

は出しっぱなしだ。

水を無駄使いするなんて普段は考えられないが今はそれどころじゃなかった。

シャワーの音にかき消され亮一達の会話は聞き取れない。

 

 

  ウイイイイン

 

「!」

 ふいにバスルームのドアが開く。

入って来たのは亮一だけだった。

 

「警察とか言ってたけど……?」

 びくびくしながらバスルームの外をうかがう。

「もう行ったよ」

「えっ!?大丈夫なのか?」

「とりあえずは、な」

 

(しかしぐずぐずしてはいられない)

 亮一は内心焦っていた。

乗船名簿を再確認されたら名前を偽って乗っている事がばれてしまう。

それにあの指名手配のポログラフィ。名前こそ載っていなかったがあれは確かにミラージュだった。

おそらくソルハの資料がない彼らはソルハそっくりのミラージュのポログラフィを使ったのだろう。

 

「……」

自分はミラージュを連れて行かれた時彼らに顔を見られている。

もしも彼らに連絡されてしまったら一緒にいる「友人」がソルハだと気づかれてしまうかも知れない。

そして彼らが警察まで出動させるとはのんびりしてはいられない。

一刻も早くこの船を降りなければ。

 

 

 亮一はソルハを小型船用のポートへ連れて行った。

自分達の宇宙船もそこにある。

他の船の燃料を自分の宇宙船へと移し替えた。

「いいのかよ?その燃料、人のだろ?」

「いいんだ。貧しい人からは盗めないがここにいる連中見ただろ?」

「確かに」とソルハは思った。

燃料を盗まれた船の持ち主を同情する気にはなれなかった。

 

 2人は燃料を詰め終わるとすぐに船に乗り込み、大型船から飛び立った。