夕食はバイキング形式の豪華なパーティー。

正装して広間に入って行くとオーケストラの演奏が聞こえて来た。

 

「……」

 亮一は自分の隣でソルハが震えているのに気づいた。

「大丈夫か?」

 小声で尋ねる。

ソルハは無言でコクコクと頷いた。

 

「とにかく目立たないように食事をしてさっさと部屋に戻ろう。ええと、適当に取ってくるからここに座って待っていろ。すぐ戻るから動くなよ」

 そう念を押して亮一は広間の中央にあるテーブルの食べ物を取りに行った。

 

 ソルハは1人になると更に落ち着かない気分になった。

目がずっとテーブルの前の亮一を追っている。

 

「お隣、よろしいかしら?」

 豪華なドレスを身にまとった女性が立った。

年はソルハと同じくらいだろうか。

若干幼さが残る顔、しかし大人の女性の気品がある。

 

「へっ…?あ……、ええ。……どうぞ」

 思わずそう答えてからソルハは「しまった!」と思った。

隣になんか座られては困る。まだ亮一が戻らないのに。

 

その女性はイスの前の小テーブルに持っていたグラスを置いた。

「……」

ソルハは亮一の方を見た。

亮一はまだテーブルのところにいてこっちに気づかない。

 

「私シルビア・オルソンと申しますわ。あなた見かけない方ね、あなたもティアルからいらしたのかしら?」

「あ……、い、いえ……。私、スザンナ・ロ、ロフマンと申します。ガ、ガリィ星から来ましたの。ヘイタスコロニーのカッレジに行く途中だったのですが燃料が足りなくなってしまい…、しまいましてこの船に乗せていただく事になりましたの……」

 だいぶたどたどしかったがソルハは何とか答える事ができた。

 この手の質問はさっき亮一と嫌というほど練習した。

 

「まあ!ヘイタスコロニーといえばひょっとしてエオスカレッジかしら?何を専攻していますの?」

 途端にその女性、シルビアはソルハの方に身を乗り出した。

「ええ、あの宇宙考古学を……」

「まあ!まあ!!実は私も自星で考古学を学んでいますのよ。最近ポーリアで発掘されましたディオ遺跡、ご覧になりました?王の墓説と祭典の建物説とありますけれどあなたはどちらだと思いまして?」

 

 サーッと血の気が引いていくのが分かった。

こんな練習はしていない。

専門的な事はまず聞かれないだろうし時間もなかったので亮一は細かい事までは教えていなかった。 

「どうお考えかしら?エオスカレッジではどんな講義がなされているのか知りたいですわ」

「あー、ええっと、そうですわねぇ。あれは…あれは……」

「あれは祭典の為の建物でしょう」

 

  スッ

 

 ソルハの前に亮一が現れた。

「よろしかったらお飲み物をどうぞ。ミス……?」

「シルビアですわ、シルビア・オルソン。あなたミスロフマンのお連れの方?あなたも宇宙考古学を専攻していらっしゃるのかしら?祭典の建物説を支持しているようですけれど」

「ええ。神具と見られる刀や鏡が出土されていますしポーリアは宗教と縁の深い星です」

「けれど人骨も出土されていますわ。あれはお墓だったからではなくて?」

「いいえ、今では廃止されていますが生贄に人間を使うという宗教があったでしょう。おそらくあれは……」

 ソルハは2人の話についていけなかった。

ただ亮一が来てくれた事にほっとしていた。

 

「スザンナ、スザンナ」

 呼ばれているそれが自分の名前だという事に気がつくまでに数秒かかった。

いつの間にかあの令嬢の姿はなく代わりに亮一がソルハの顔を覗き込んでいた。

 

「あ……、あの人は……?」

「連れに呼ばれて席を立っただろ、大丈夫か?ほら食べろ」

 料理の乗ったお皿が手渡される。

ソルハはまだボーッとしていた。

「悪かったな、まさか宇宙考古学を学んでいる奴がいるなんて思わなかったから」

 ソルハは首を横に振った。

そして渡された皿の料理を口に運んだ。

 

「!!」

 一瞬ソルハの動きが止まった。

「何だ?口に合わなかったか?」

「いや……、うまい!こんなうまいもん俺初め……、あ、ええっと、私こんなおいしいもの初めてですわ」

 ソルハは慌てて言い直した。

「そうか、良かった。ティオというエリス星産の鹿肉だ」

 

 ソルハは料理をかっ込んだ。

地球ではひからびたパンや缶詰の残り、それだって毎日食べれるか分からなくて、ご馳走といえばゲンがくれる果物くらいしか知らなかった。

 ミラージュに食べさせてやりたい。

それに地球に残してきた仲間にも。

皆こんなご馳走見たらどんなに喜ぶか。

(……なんて、今更会えねえ、か)

 ソルハの頭にあの時の引きつった皆の顔が浮かんだ。

 

  ガシャーン

 

「こんなまずいもの食べられないよ!!」

「!」

 突然の声にソルハは顔を上げた。

 

見ると小さな男の子が料理を床に投げつけ癇癪を起こしている。

「僕、鹿肉はオルファン産のものしか食べないよ。他のものだってちっともおいしくない」

 男の子が泣き叫ぶ。

近くにいた母親らしき太った貴婦人が慌ててそれをなだめに駆け寄った。

「かわいそうなジョセフちゃん。ママンが今何とかして差し上げるから泣かないで頂戴ね」

 貴婦人は猫なで声で我が子を抱き上げボーイを睨んだ。

 

「一体どういう事なのですか!ジョセフちゃんにこんな粗末なものを食べさせるなんて!!今すぐオルファン産の鹿肉を用意して頂戴!!お金ならいくらでも払うわ」

「申しわけございません。只今!!」

 ボーイは頭を下げると血相を変えて広間から出て行った。

おそらくオルファン産の鹿肉を手配する為だ。

 それまで静まり返っていた広間にまた音楽が響き、周りの人々も元通り楽しそうにお喋りを始めた。

 

 その子どもと貴婦人の態度はソルハには信じられないものだった。

 テーブルいっぱいの食べきれない程の料理の数々。

カビもせず腐りもせず誰かの食べ残しでもない食べ物。

ダウンタウンの人々がこれを手にしたら泣いて喜ぶだろう。

これで今日は食べ物の心配をしなくて済む、これで今日は生きられる。

今の子どもが床に落とした鹿肉、あれだけあればどれだけの子ども達が今日1日餓死せずに済むだろうか。

今すぐとんでいってあの男の子をぶん殴ってやりたい。

ソルハの手に力が入った。

 

  ギュッ

 

「!!」

 不意に手を握られソルハは我に返った。

「言いたい事は分かる。だけど堪えろ。ここで正体がばれたら元も子もないぞ」

亮一は耳元で言った。

 

「……」 

ソルハは割り切れない思いを抱えながらも握り拳を緩めた。

そしてまた皿の料理を食べ始めた。

仕方ない、これが金持ちのやり方なのだと自分に言い聞かせながら。

 

 さっきまで美味しく感じられた料理がなぜかいつもダウンタウンで食べていたカビの生えた小さなパンのかけらに思えた。