「やだ!!絶対にやだっ!!」

 ソルハの声がこだまする。

 

 ソルハは亮一に言われ、旅客機に乗る為に着替えをすませたところだった。

「仕方ないんだろ。こういう格好をしていないと乗せてもらえないんだ」

「だからってなんだ、この服はっ!!」

 あちらこちらに宝石が鏤められているそのドレスは体にぴったりとまとわりつき着心地が悪い。

 しかもヒールの高い靴では立ち上がる事もままならなかった。

 

「こんなんじゃ歩けねえよ!!」

 ソルハはいつも作業団から盗んだ男用の作業着を着ていた。

ゆったりとした機能的な服。

こんな窮屈な服を着たのは産まれて初めてだった。

 

「我慢しろ、木星に着くまでの辛抱だ。それからこれだけは絶対に外すなよ」

「!」

 亮一はソルハの頭の飾りを指差した。

ゴテゴテした飾りは耳隠しも兼ねていた。

だからソルハはこれには文句は言えなかった。

 

「いいか、俺達はガリィ星からの留学生という事になっている。カレッジへ行く途中燃料を補充する為この月に寄ったんだ。俺の名前はニコライ・ターティアン。ソルハの名前はスザンナ・ロフマン。共に宇宙考古学科の学生で……」

「あー!もおっ!!そんなにいっぱい言われたって分かんねえよ!!」

 ソルハは叫んだ。

 

今まで教育など受けた事などない。

正しいと思っていたテレビによる知識は嘘っぱち。

他の星の連中に会うなんてこれが初めてだ。不安はいっぱいある。

 亮一もそんなソルハを金持ちの船に乗せる事は無謀だと思っていた。

けれど今はそうする事以外方法はなかった。

 

 

 出迎えてくれたボーイに案内され廊下を歩く。

 

「……」

 宇宙船に乗り込んだソルハは警戒心の塊だった。

行き交う異星人達は皆派手で豪華なドレスやスーツを身にまとっていた。

 

「亮……」

「喋るな」

 話しかけようとしたソルハを亮一は制した。

見かけはドレスで誤魔化せても口を開いたらソルハが金持ちでない事、独特のイントネーションで地球出身だと言うことがすぐにばれてしまう。

「……」

 ソルハは口をつぐんだ。

 

 部屋に着くと亮一はボーイにコインを渡した。

ソルハはそれがチップというものなのだとテレビで見て知っていた。

 

  シュッ

 

 ドアが自動的に閉まる。

亮一はドア近くのボタンを押しドアをロックした。

 

「お前なあ!」

 亮一はソルハの方を向いた。

「さっき廊下で俺の事『亮一』って呼ぼうとしただろう。ここでは『ニコライ』と呼ぶように。いいか?『スザンナ』」

「……気ィつけるよ」

 ソルハは膨れた。

「そういう時は『できる限り努力します』と言え。少し言葉使いを練習しておこう。ばれたら厄介だ」

「え―っ!?嫌だよ、んなまどろっこしい喋り方舌噛んじまうよ!」

「『スザンナ』?正体がばれたらミラージュとは一生会えないぞ」

 

  ハッ

 

 ソルハは我に返った。

あやうく目的を忘れるところだった。

 ソルハはミラージュを思い出した。

ミラージュの為ならどんな苦労だってしてやる。

父親が死んでからずっとそうやって生きてきたんだ。

 

「……すまねえ、いや、えっと……も、もーし、もーす?も、もー?」

「『申しわけございませんでした』」

「そっ、そう。それ!!……モーシ、モーシワカ、ワケゴザーマ……セ、センデエシタ」

 不慣れな言葉でソルハは言った。   

 亮一は椅子に腰を掛けた。

「少しずつで良いから言葉を覚えていこう」

「ああ。えっと……、ハ、イ」

 

 

 ソルハはそれから夕飯までの間亮一に言葉使いや作法について教わった。

その進歩は目覚しいもので亮一とソルハ自身を満足させた。

けれどそれは所詮付け焼刃に過ぎないのだと思い知らされたのは早くもその日の夕食の時だった。