「よし。行くか」

 ソルハがダウンタウンに戻った時、宇宙船の修理は既に終わっていた。

 

「……」

 ソルハは最後に家の中を見回した。

忘れ物なんかない。ガラクタばかりだ。

粗末な小さい家、この家に大切なものはミラージュしかなかった。

 けれどもう帰って来れないかも知れないと思うと急にこのガラクタ達が愛しく思えてくるから不思議だ。

 

 地上に出ると空はまだ暗かった。

「本当に誰にも会わなくて良いのか?」

 亮一の言葉にソルハは頷いた。

 どうせもう自分に会いたいと思う者はいないだろう。そう思うと少しだけ寂しかった。

 

 2人は宇宙船に乗り込み、ソルハの持ってきた燃料をセットした。

 

  ウイイイイイイイイイン

 

 エンジン音が鳴り宇宙船は空に浮いた。

そのまま飛び立つ。

揺れたりはしない。

ただ下に見えるぼろぼろの遺跡が小さくなっていく。

 

 船はそのまま大気圏に突入しソルハがダウンタウンとの別れを惜しむ間もなく宇宙空間に出た。

 

「わあっ……!」

 ソルハは思わず声を上げた。

真っ黒い宇宙に輝く星がちりばめられている。

 

「……!」

 後ろを振り返る。

くすんだ茶色の星がそこにあった。

「これが、地球?」

「ああ」

 亮一は操縦しながら答えた。

「昔は青くて綺麗な星だったんだってさ」

 地球は亮一にとっても故郷の星である。

ほんの数世紀前まで亮一の先祖もこの星に住んでいたのだから。

 

 

「あれが月だ」

 すぐに白っぽい星が見えてきた。

人口大気圏に突入。そしてそのまま着陸。

 

「まずここで燃料を満タンにして行こう」

「ああ」

 宇宙船に乗ったままスタンドを探す。

空は真っ暗で周りがよく見えない。

せっかく地球から出てきたのに。とソルハはがっかりした。

 

「スタンドだ」

 亮一はスタンドに船を止めた。

そして船の外部スピーカーをONにして言った。

「ホレイス満タン」

 

しかし応答はない。

亮一は首を傾げた。

「?おかしいな、ちょっと待ってろ」

 亮一は後部座席から宇宙服を取り服の上から着た。

そしてヘルメットをかぶった。

ソルハは違和感を感じた。

亮一は地球ではそんな格好しなかった。

 

「いいか?絶対に外に出るなよ」

「あ?ああ」

 本当は初めて来る異星に興味があったがソルハは頷いた。

 

  ウイイイイン

 

 亮一が外に出るとドアは自動的にロックされた。

ソルハは言われた通りおとなしく亮一の帰りを待つ事にした。

 

 

 間もなくドアが開いて亮一が入って来た。

 

「どうだった?」

 ソルハが聞くと亮一は難しい表情で溜息をついた。

「どうもこうもない。燃料を輸送する宇宙船がここ1ヶ月程来てないそうだ」

「え?じゃあ他のスタンドを探すのか?」

「いや、どこも同じ状況らしい。他の旅行者が来るのを待って分けてもらうって手もあるが地球の月なんか滅多に人は来ないしな」

「?」

 最後の言葉に疑問は残ったがソルハはすぐに別の考えが浮かんだ。

 

「とにかく当面の燃料があればいいんだろ?俺どっかの家からかっぱらってく……」

「馬鹿!!」

 亮一は怒鳴った。

「お前がドームから何かを盗んで来てもそれは仕方がない事だ。お前が盗むのはミラの為だし、俺もそのおかげで月までの燃料を手に入れられたんだからな。けどな、自分よりない所からは盗むな」

「え?」

 ソルハには亮一の言葉がすぐに理解できなかった。

 

「ないってどういう事だ?地球以外の星の奴らは皆金持ちなんだろ?」

 ダウンタウンのテレビ塔の映写室で観たニュースではいつも煌びやかなコロニーや豊かな星々の映像が映されていた。

 

「あ、……ああ。そうか」

 亮一は気がついた。

「テレビの影響だな。ええっと……テレビというのは元々金持ちの為に番組が組まれているんだ。だから汚いものはなるべく映さないようにしている。しかし金持ちの星っていうのは実は少ないんだよ。上流星が宇宙人口の約15%。中流星24%。残り61%は地球のように貧しいんだ」

「!?」

 地球以外に貧しい星があるなんて、それも宇宙の半分以上もの星がそうだなんてソルハはそれまで考えた事もなかった。

「月もその61%の内の1つだ。そしてこの間の戦争で戦場となった所為で汚染が酷い。この星のほとんどの住人が放射能に犯されている」

「!」

 

 ソルハは窓に両手を触れ外を見た。

 まだ外は暗かったが目を凝らすと少しずつ見えて来た

 ぬかるんだ土の道。粗末な建物。

 そして理解した。

なぜ船から出る時亮一が宇宙服を着て行ったのか。

 

「……くれないか?」

「え?」

「町を見せてくれないか?頼む」

 見てもどうする事もできない。

けれどどうしてもソルハはこのままここを通り過ぎたくはなかった。

 

「……分かった」

 亮一は頷いた。