絶望を抱きしめて | 遠い空の向こうに

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五木寛之さんの「他力」という本があります。


この本がアメリカで「TARIKI」として出版されたときに


「絶望を抱きしめて」というコピーが付けられたそうです。


絶望を抱きしめて…


私のことじゃないの?と読んでみたくなりました。


実際には何故か「他力」ではなく


「自力と他力」という本を先に読むことになりました。


その本にも他力について書かれてあります。



「他力本願」と言うと他人の力をあてにすることと言う意味に使われるようですが


本来はは阿弥陀仏の本願力に頼って成仏するのを願うという仏教語だそうです。


五木寛之さんはさらにもう一歩踏み込んで「他力」について考えておられます。



「人はベストをつくすべきだ。他に頼らず自分の足で立つべきだ。


しかし、それができない、という絶望のどん底に立ったとき、


それこそが他力の訪れた瞬間だと言える。」


「人に頼ることはできない。そして自分の限界もはっきり見えた。


これ以上絶望することさえできないどん底を自覚した時、


私たちは、他力の感覚に出会う。」



目に見えない大きな力によって


他力の風に運ばれる。


「わがはからいにあらず」


というのが他力の感覚でしょうか。


まだ全部読んでいません。



私自身は、決して自分のベストをつくしたわけじゃない。


それどころか、自分がだめな親だったから


絶望のどん底に落ちてしまった。


でも、今確かに自分ではどうすることもできないという


状況に追い込まれてしまった。


だったら他力という、目に見えない大きな力に


身を任せて、流されていくしかないのかもしれない。


そんなことを考えました。



もう自分ではどうしていいかわからないので


ただ流されているだけ、というのが本当のところかもしれませんけど。