(31) 「銃後の日本」

 戦時中はよく「銃後」という言葉が使われた。銃後とは、「戦場」に対する言葉で「直接戦場に立っては居ないが、間接的に何らかの形で戦争を支援している一般国民のこと」を言う。

 そんな銃後の国民生活はどんなものだっただろうか。
 前文に書いたように昭和13年の国民生活大綱の公布をはじめとして、銃後の国民生活は次第に窮屈なものになってきた。昭和14年には、政府は「国民精神総動員法」を施行して貯蓄増強、廃品回収、勤労奉仕などを奨励し、次第に国民の日常生活への締め付けが厳しくなってきた。
 そして食料をはじめとして生活必需品の不足が目立つようになり、政府は14年9月1日を期して毎月の1日を「興亜奉公日」と定めた。  

 〇 興亜奉公日

 イメージ 1 興亜とは「西欧列強に簒奪されているアジアを復興する」いわば「活性化」することであり、奉公とは公共のため、国家のために奉仕しましょう、という事である。興亜奉公日はアジアの作興という国家の大業のために、個人生活の色々な欲望を抑え、切り詰めて真面目に働く日、だったのである。


 毎月一日の「興亜奉公日」には、国民は戦場の労苦を偲んで朝早く神社に参拝し、食事は一汁一菜と質素に切り詰め、子供の弁当はこの梅干し一つだけの「日の丸弁当」、国民はそれぞれ勤労奉仕に励み、飲食、接客業は自粛して休業せねばならないのである。



  〇 日の丸弁当

 イメージ 2「日の丸弁当」の始まりは、このような国民精神総動員の一環として昭和14年9月1日に始まった「興亜奉公日」の行事の一つであった。「日の丸弁当」は戦場の兵隊さんのご苦労を偲び、質素倹約に勤める意味で、小、中学生の弁当として奨励されたもので,ご飯の真ん中に梅干一つだけ入れた簡単至極な弁当で、白地に赤い日章旗そのままの様子から「日の丸弁当」と言われていた。

 当時の弁当はアルミ製だったので、蓋の真ん中が梅干しの酸のためにガサガサに腐食して、ついには穴が開くようになる。その頃の小学校では、弁当の時間に当番の生徒が大きなヤカンでみんなの弁当の蓋に(*湯呑ではなく・・)お茶を配っていくのが常だったので、弁当の蓋に穴が開いてはお茶が飲めないのである。その後、理研がアルマイトを発明してからは蓋も梅干しで侵されることは少なくなった。

 イメージ 3また、このころは次々に戦時立法が作られ、国民を戦争の方向に引っ張っていき、これに違反するものは「非国民」の名前で厳しく罰する法律が作られていった。

 米の統制、配給制度が実施されたのもこのころであった。
(*この興亜奉公日は太平洋戦争が始まった16年12月以降は、改称されて毎月8の日が大詔奉戴日となった。宣戦の詔勅に思いをはせて、大戦を勝ち抜こうというのである)

コメの通帳・・これがなければいくら金があっても米は買えない、
          配給米は大人一人、一日二合三勺だった。


  〇「皇紀二千六百年式典」

 紫蘭が中学の五年生だった昭和15年は皇紀2千600年記念の年で、全国的な記念行事が盛大に行われた。戦前の愛国的、神国思想による紀元は、西暦より660年前の神武天皇即位を元年として、皇紀を定めていたのである。

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                                    (皇紀二千六百年式典会場)

 東京の宮城前広場では、天皇・皇后両陛下の御臨席のもと、近衛文麿首相が、「寿詞・よごと」を読み上げた。「国のはじめの神武天皇即位以来、皇統一系連綿として、こんにちまさに紀元二千六百年を迎えた」と、比類なき日本の国体をたたえたのである。そしてこの年に作られた「紀元二千六百年奉祝歌」は、全国津々浦々の国民の間で歌われた。


 イメージ 5 ♪金鵄輝く日本の 
     栄ある光身にうけて 
     いまこそ祝えこの朝 
     紀元は二千六百年 
     あゝ一億の胸はなる
   
  〇 ぜいたくは敵だ !


 しかし、戦争の厳しさが国民の間にも次第に、重苦しくのしかかってきた。この昭和15年の7月7日には「奢侈品など製造販売禁止規則」が施行された。世にいう贅沢禁止の「7,7禁令」である。

 イメージ 6この「ぜいたく禁止令」ために金糸銀糸の伊勢崎銘仙などは売れなくなり、 銀座などの繁華街の街角には「日本人なら贅沢はできないはずだ!」という立て看板が立てられた。

 そして街角には愛国婦人会などの、「ぜいたくは敵だ」と書いたタスキを掛けたコワイおばさんたちが立って、通りかかった女性たちの服装や髪形に厳しい眼を光らせ、「袂が長い」などと着物のたもとの長さにまで文句をつけたという。

←ぜいたくは敵だ! は、当時の国民の合言葉のようなものだった。
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  女性の髪のパーマネントも自粛させられ、我々悪童たちまでこんな歌を歌っていた。

  ♪ パーマネントに  火がついて
     みるみるうちに  ハゲ頭
     ハゲた頭に  毛が三本
     ああ、痛ましや いたましや
     パーマネントは  やめましょう


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                                                ( 霧氷の石鎚山・天狗岳)

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