「人と人が巡り合うのは奇跡ではない」




いくつもの蜘蛛の巣を張り豪運を引き寄せるのだ。



ガチャ、またのご来店お待ちしてます。機械的な声が薄暗い廊下に静かに響いた。



ヒールブーツを鳴らし、右手には部屋番号のついたキーを左手にはまだ年端もいかぬ齢20前後と見える茶髪の大人とはまだ敬称しずらい少女の手を握り、エレベーターまで向かった。



エレベーターを待つ間、上昇ボタン下降ボタンの前に鎮座する灰皿に目をくべるが誰がここでタバコなど吸うのだろうと思案する。



ここが50階建てのホテルならいざしれず、昨晩止まったのは12時間滞在しても8000円程度の7階建ての安いラブホテルだ。



せいぜいエレベーター待ちをしても、1分程度だろう。

いや、待てよ。そうだ。同じような階層のカラオケ屋でトイレに行ってくると嘘吹いて、エレベーター前の灰皿で合法大麻を吸ったことがある過去を思い出した。



ここはそういう場所なのかもしれないと一人納得しているとチーンと弱々しくもうすぐ電池が切れそうなタイマーのような音が鳴った。



まるでもうすぐ壊れてしまう少女のこころのように。



左手を鏡張りの箱の前に突き出し少女を先にエレベーターに乗せ後から自分も乗り込むと、少女の背後に回り込み1と書かれている左下のモノクロの盤面を押した。



エレベーターの中の空間は好きではない。

重苦しく狭い空間に、何かしなくてはいけないのかと焦燥に駆られる時がある。



アルコールに酔っている時は尚更だが、一夜あけてのホテルでのエレベーターも同じといってもいいだろう。



鏡張り空間の異様なテイストを崩したキャンペーン開始、サービースタイム25時〜12時まで8000円とカラフルのポスターを眺めながら、

まるでこの空間は、ロックとモーツァルトを掛け合わせたサイケデリックだなと頭の片隅で思い描いていると

重々しい空気に何か話さなければと思ったのか少女が言った。



「きっ昨日はありがとうございました。」



辿々しく、薄いピンク色の唇を開いた。

それに返答をするまでもなく、キッと目を見つめ少女の後頭部を撫でながらフレンチキスをした。



頭の中にふっと鳴り響いたメロディはL'Arc-en-CielXXX



ロックでモーツァルトの楽曲から脳が勝手に作り出した答えがこの曲だったのだろう。

Step into fascination

Trap of infatuation kiss



言葉はいらない。

沈黙は金なり、雄弁は銀なり

イギリスの思想家、トーマス・カーライルが自著に記した言葉がある。

無駄な言葉は使わず、必要最低限の行動と適切なアプローチを駆使すれば人の心を操れることを彼は知っていた。



チーン。



無機質な外界からの弱々しい響きで脳内のイントロが終わり、ちょうどstepという4文字の歌詞のあたりで、2枚の無機質な鉄製の扉が開いた。

右手で扉を押さえつけ、少女を先に鏡張りの空間から押し出し自らも息苦しい空間から身を乗り出した。



圧迫された異様な空間を出るとカラフルなアメニティが目に止まる。キャンディ、マウスウォッシュ、アイマスク、バスソルト、足の指に挟むセパレーター様々なグッズがあるが、この男が使うのはせいぜいアイマスクくらいだろう。



フロントに鍵を返却し、ありがとうございました。と声を背後で聞きながら男はヒールブーツを鳴らし今宵はまた違う少女と街を歩く。



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折原臨也