一行はひたすらに代わり映えの無い景色を歩いていた。小人たちが言うにはこのあたり一帯はかつて鬱蒼とした森だったらしい。だが、今はそのような面影は一切見あたらない。
「いーかげん飽きたなぁ」 
 ユースが腕を頭の後ろで組みながら言葉を漏らした。
「だいたいどこに向かってるんだよ」
「はぁ……これだからユースは」
 大げさに失望感を露わにしてため息をつくまな。その反応がシャクに触ったのかユースがわざとらしく彼女に質問をする。
「ほぅ。じゃあまなさんは俺たちの行き先をご存じなんですね?」
「そ、それは、あれだ、その……」
 先ほどまではある種の優越感に浸っていたまなだが急に落ち着きを無くし目も泳ぎだした。そして、困って目を泳がせていたまなが見つけたのはサリアだった。
「そうだ、頭脳担当のサリアが説明してくれる!」
「結局分かんねぇのかよ……」
「あ? なんか言ったか?」
「いえ……なにも……」
 まなの威圧的な態度に恐れをなし、すっかり小さくなってしまったユース。
 そんな彼をしり目にまなは高圧的な態度のままで改めてサリアに聞く。
「で、どうなんだ?」
「……うぇ!?」
 プラーをいじって半ば一人の世界に入っていたサリアが急に話題を振られたので奇声をあげてたじろぐ。
「え、えっと……あっち?」
 恐る恐る指で方向を示し、それに続き皆が視線で追う。
 だがその先は相変わらず青々とした野原のみ。目印になりそうなモノは一切無い。
 だから、サリアは不安になってしまう。
 恐らく自分の記憶は正しい。けど目印が無いから間違っているかもしれない。確実に合っているという確証が無い。みんなが注目して自分が言ったことを確かめている。間違っていたらどうしよう。自分のせいで違う道に進んだらどうしよう。どうやって責任をとればいいんだろう。
 サリアはこうして自らを追い込み、不安に押しつぶされてしまうという悪いクセをもっている。
 たとえ間違っていたとしてもそれを責めるような人間など図書館の住人にはいない。だが、常に完璧でないといけないという一種の強迫観念があり、それにより些細な事に囚われしまい結果、神経質と言われてしまうのだ。
「合ってるよね? 黒?」
 だから彼女は他人に頼ってしまう。自分の意見を肯定してくれる人に助けを求め、責任を少しでも軽くしようとしてしまう。 
 彼女は狡猾な人間などではない。彼女は心が弱いだけなのだ。
「あってるよー。でもって、もっと自信持ちなよ」
 ユースとまなは全く検討がつかなかったので後の一言は流してしまったがサリアは黒の何気ない一言に心を鷲掴みにされたようだった。
「気になったけどなんで二人とも行き先知ってるんだ?」
 その言葉に対し、二人は笑顔でこう答える。
「勘」
 もちろん、勘などではないのだが。
「大丈夫なのか!?」
「大丈夫! 女の勘をなめないで」
「あーもー好きにしろ!!」
 ユースは頭を掻きながら二人の示した方向へと大きな歩幅で歩きだした。彼は怒っている訳ではなく、蚊帳の外にされたことに対して拗ねているだけなのだ。

「おい、なんだよ……あれ」
 一人だけ先の方を歩いていたユースが何かを発見し、三人の方へ振り返る。
「……っ!」
 あまりに唐突な出来事に一行は言葉を失ってしまった。
 一面に広がる爽やかな大草原の中に一筋の赤黒い線が走っていたのである。
「これって……」
「どう見ても血だな」
 サリアは状況を飲み込めずショックを受けていたがそれに対しまなは冷静に受け止めていた。やはり戦闘の慣れ、経験の差であろう。
「あっちに向かっていったみたい」
「行くしかない……よな」
 ユースは義務感に捕らわれ、其の方向へ。
 血の臭い。
 雰囲気。
 近づく度に、アドレナリンが沸き上がる。
 徐々に辿っていた血痕は鮮やかな赤へと変化してゆく。血の彩度が高くなってゆくのと同時に一行の緊張も高まってゆく。
 一同の和やかな雰囲気はすでにない。
「居た!」
 一番目の良いサリアが発見した。
 
 血痕の原因にたどり着くと、そこには少女が居た。
 手には二つの人間の死体。
 近くにあった岩には山ほどの死体。
「なにしてんだよ!」
 あまりの出来事にユースが少女を怒鳴りつける。
「あ、人間」
 後ろを向いていたはずの彼女は瞬時にユースの正面に立っていた。
「お前、なにし……」
 ユースが話している途中にも関わらず少女は右手を振りかざす。
 危険を察知した彼はとっさに体を後ろに捻り少女から距離をとる。
 僅かにだが彼の服が裂かれた。
 ユースが左手に盾を出し構えると、まな・サリア・黒も構えて少女と対峙した。
「なにすんだよ!」
「なにって、人間ですから」
「だからなんだよ?」
 少女は彼の話を聞かずに再度、右腕を振りかざし攻撃の動きをとる。
 二度目の攻撃なので今度は軽々と攻撃を回避する。
「いい加減話そうぜ?」
「……」
 少女はただ無言でゆっくりと歩いてきた。
「ユース、きっとこいつがミラージュよ」
「イカれてるね、確かに」
「なら殺すしかない」
「来るぞ!」
 ミラージュはまた同じ動きで腕を振りかざす。武器らしい物ははなにも持っていない。
 ユースは右腕に剣を出し、彼女の攻撃の軌道上に合わせる。
 かん高い金属音が響きユースが体勢を崩し地面に横たわってしまう。
「クソッ……」
「動くなよ、ユース!」
 まなの声と同時に彼の上を槍が駆け抜ける。
「そこだ!」
 しかしまなの攻撃もミラージュが腕を払うだけでいなされてしまう。
「黒、任せた」
「まかせてー」
 黒はユースとまなが戦っている間に空中に飛び上がりミラージュの死角に回り込んでいた。
 そして上空からエンジンで加速して急降下で体当たりを仕掛ける。
 黒は小柄な体型だが自由落下とエンジンの加速とで速度を上げることにより攻撃の威力を高めていのだ。
 ミラージュはユースとまなの方向を向いているので黒の攻撃には気付くことはできない。
「見えてます」
 完全に不意をついたはずであったが、ミラージュ正確に黒の方向へと振り返る。
 さらに振り向きざまに後ろ蹴りを放った。
「がぁ……」
 黒は慌ててエンジンを逆噴射して止まろうとしていたが、すでにミラージュの間合いに入ってしまっていたため
蹴りを回避することができなかった。
 蹴りの衝撃で黒は吹き飛ばされ、その場で倒れてしまった。
「黒、大丈夫!?」
 ミラージュと距離を置いた位置で銃を構えていたサリアは銃をしまい黒の容態を確かめようと走り出す。
 サリアが走る物音に気付き、まなが一瞬だけ背後を確認した。後衛のサリアが銃も持たずという異様な光景に思わず二度見してしまう。
「どうしたサリア、 落ち着け!」
 まなが声を張り上げてサリアの行動を制止する。だがサリアは動きを止めずに走り続けた。
 彼女は心の支えと言ってもいいほど信頼している黒が倒れてしまったことにより錯乱状態になっているのだ。
 まなは暴走を止めるためサリアに向かって走り出す。

「サリア、どうした?」
 サリアの肩を揺らし正気を取り戻そうとする。サリアの顔は青白くなり、瞳孔も開いていた。
「だって、黒が、くろが……」
 サリアは黒の名前を呪文のように呟いていた。
「サリア!」
「……ッ!」
 まなが再び大きな声で彼女を呼ぶ。それに少し遅れてサリアは我を取り戻した。
「いいか、黒が倒れた以上サリアしかサポート居ないんだ」
「だから冷静に」
 まなは包み込むように優しく彼女を説得した。
 サリアは大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「……うん」
「早速だが、アイツどうすればいい?」
 鋭い視線でミラージュを睨むまな。だがミラージュは全く動じずに立ち尽くしていた。
「たぶん能力はある」
「ああ」
「でも、データ少なすぎて分かんない」
「だから?」
「とにかく攻撃して」
「分かった」
 まなが前方に戻るのと同時にサリアが銃を取り出し即座にミラージュに向け発砲。一発だけでなく二発、三発と立て続けに攻撃を仕掛ける。
「無駄」
 かん高い金属音が三つ響く。
 ミラージュは避ける動作も防ぐような動作も一切見せずに全ての攻撃を無力化したのである。
 サリアは本来は狙撃手である。何百メートルも離れた位置からでも誤差を数センチ以内に収めて狙撃できるほどの技術と集中力を持っている。
 つまりサリアにとってミラージュとの僅か十メートル程度の距離では外すことなどあり得ないはずなのだ。
 サリアの心に動揺と疑問が生じる。
「ユース行くぞ」
 まなが光の槍を構えつつミラージュの左側から奇襲を仕掛ける。反対の右側に居たユースが短く「おう」とだけ返事をしてミラージュに向かい走り出す。
 サリアの攻撃に気を取られていたミラージュを左右から挟み撃ちする形になった。
 とっさの判断とは思えない程の同時攻撃。
 だが、ミラージュは全く行動していない。
 二人の攻撃がミラージュの間合いに入るかという手前で真っ直ぐ放っていた攻撃が横に逸れてしまった。まるで斜めの壁に攻撃したように。
 二人とも腕が必要以上に延ばされてしまい腹部ががら空きになってしまう。ミラージュはすぐさま二人の間を半円を描くように右腕を振る。
 すると腹部がざっくりと引き裂かれ鮮やかな赤が大量に吹き出す。ユースとまなはうめき声をあげながら地面に倒れていった。
 左手を堅く握りしめサリアは堪えていた。取り乱さず、あくまで冷静に。
 大きく喉を鳴らし、平静を保つ。
 今、自分がすべき事はなにか。してはいけない事は何か。感情任せにせず、客観的に情報の整理をしなければ。 今までの全員の攻撃に対する対応、挙動、表情、仕草。それら全てを詳細に分析する。そして対象の観察。
 僅かな異変も見逃さないようミラージュを凝視していると彼女の奥で何かが動いた。
 それは黒である。
 ミラージュから強烈な一撃を受け、倒れていたがそれは単に気絶していただけだったのだ。
 黒は体を動かさずに目のみでコンタクトをとる。
 サリアもミラージュに気取られないように自然に俯き黒に合図を返した。
「ちっ……」
 サリアはミラージュから離れる。
「弱虫」
 野次を無視してミラージュから距離をとったサリアは銃を彼女に向ける。
「これでどう?」
 そのまま撃つかと思われたが照準をミラージュから外しおおよそ関係のない方向へ銃を乱射しだす。
「とうとうおかしくなりましたか」
 哀れむような表情でサリアに言い放つ。だがサリアは口元を緩ませ軽く笑っていた。
 かん高い金属音がミラージュの背後から聞こえた。直後、左右からも同時に同じ音がする。
 サリアが明後日の方向に撃った弾丸がミラージュの前後左右、様々な方向から飛んでくる。
「手品ですか?」
 今までと同じトーンでサリアに皮肉混じりに聞くが彼女の表情が引き締まっていた。
 この攻撃はサリアの能力によるものだ。
 サリアの能力は空中に正方形の透明な箱を五つまで発生させるものだ。その箱に動いている物体が触れると反射・加速・停止させることができるのである。
 この物体に銃弾をあてることにより相手の予想しない方向、タイミングで攻撃するのだ。
「まだまだ」
 高速で銃をリロードしミラージュに行動させる隙を与えさせない。
 ミラージュは身動きがとれず防戦一方な展開に苛つきを見せはじめていた。
 直後、背後から元気な声が聞こえる。
「大盛り一丁!」
 ミラージュがサリアに気を取られている隙に黒が近くにあった岩にエンジンを付けミラージュに向け後ろから飛ばしたのだ。
「はぁ?」
 苛つきからなのか驚きからか先ほどまでの口調とは全く違う言葉遣いに変わっていた。
「なめんなよ!」
 力任せに腕を振り、岩を引き裂くミラージュ。
 岩は真っ二つに斬れてしまったが腕を振り抜いた瞬間、銃弾が彼女の足に二発命中したのである。
「当たった……」
 加速の物体を使い畳みかける。
 だが、また当たる気配がなくなってしまった。
「く……」
「……が」
 俯き何かを呟くミラージュ。
「くそがぁぁぁぁぁああ!」
 先ほどまで無表情だった少女が突如として怒りを露わにし豹変した。
「さっきからウゼェんだよ!」
 ミラージュは正面に手をかざし軽く捻るという不可解な行動をする。
「な、何よ……」
 サリアは警戒しつつも攻撃を止めずにいた。辺りを銃声が響きわたるなか
「うぅ……」
 うめき声がした。
 その出所を確認するためにサリアは射撃を止め辺りを見渡す。
 声はサリアから見てミラージュの奥から聞こえた。
 するとそこには黒が足を抑え屈んで小さくなっていた。
サリアが声を掛けようととしたとき、黒の頭に銃弾が当たる。
 何が起きたか理解できず呆然と立ち尽くすサリア。
「あーあ、フレンドリーファイアだね」
 憎たらしい表情であざ笑うかのようにサリア見下し話しかけてきた。
「お前が殺したんだろがぁ!」
 激昂するサリア。
 銃口を向けながら叫ぶが構えてる手は震え、目尻に涙を溜めていた。
「ワタシはアンタと同じことをしただけだよ~」
 その言葉の意味は理解できなかったが嫌みったらしい口調に腹が立ち銃を乱射せずにはいられなかった。
 能力なんてものは使わず直線で狙う。
「だからウゼェって!」
 先ほどとは違い手のひらを正面に掲げた。

 サリアは目を見開き動きが止まる。
 胸から熱いモノが流れてきた。
 ゆっくりと自分の胸を見るとそれは血だった。
「あ~あ一番ツラい所に当たっちゃいましたねー」
「うぁ……ぁ……」
 急いで傷口を手で抑えるが隙間から血が溢れてしまう。
 あまりの苦しさに過呼吸なるがより出血が増してゆく。
 ついに血が足りなくなり地に膝が付き、伏してしまった。

「あなた弱いですよ。色々と」
 平静を取り戻したミラージュが朦朧としているサリアに語りだす。
「意志が弱すぎです」
「仲間が攻撃される度に動揺って……お友達ごっこですか?」
「あげくの果てに未知の敵に総攻撃って」
「戦闘をバカにしすぎでしょ」
「あと決定力不足」
「銃ばっかに頼って」
「あなた自身は相当弱いんじゃないですか?」
 改めて欠点を指摘され悔しさが募るサリア。
 気づくと歯を食いしばり、銃をキツく握りしめていた。
「あなたの責任ですよ。これは」
 ミラージュは倒れている黒、まな、ユースを見渡し最後にサリアを見下ろす。
「だから一番苦しんで死ぬべきなんです」
「さよなら。頭でっかちさん」
 後悔、無力感、自責の念に飲み込まれサリアは動かなくなった。