小人の家は小さかった。お茶も茶菓子も物足りない。
 黒は自前のひょうたんを飲み、小人たちを驚かせた。
 中身は無論燃料である。
「うぁ……」
 小人全員が苦い顔をして、中には気分の悪そうな顔をする者も。小人たちは招いてくれた自分たちの家だというのに、とても居心地が悪そうに、固くなっていた。
「不味くないんですか……それ……」
 金輪のフライは思わず敬語になっていた。彼女の目から黒という人物は、きっと恐ろしい獣のように見えるのだろう。
 黒の突撃は四段階存在する。四つまで扱うことのできるジェットエンジンを、装着すればするほど速く飛び、その速度はただひとつでも相当で、二つを喰らったフライは、異変の影響を受けて、能力を得ていたにも関わらず、相当苦しそうである。
「うーん不味い。もう一杯」
 といって、黒はひょうたんにさらに燃料をつめかえた。途端狭い家中に臭さが充満して、再び小人たちが、
「うぁ……」
 と漏らした。

「ところで、お前たちはなにが目的だったんだ。以前、白雪姫は死んだと耳にはしたが……」
 まなが口を開いた。まなの質問は、この空間の居心地を、さらに悪くする。
「白雪姫を殺したのは、林檎女王。それは間違いないんだな」
 ユースが追求した。そのユースの表情は、いつもとは違い、真剣なもので、小人たちを怯えさせるに十分の迫力を持っていた。
 黒はげっぷをした。
「くろ、汚い」
 サリアがツッコんだ。

 どう考えても異変の中心に近づいていた。彼女たちのこれほどの力。そして、一行が知っている、本当の白雪姫とのあまりの差異。本来、白雪姫にこのような登場人物は存在しない。
 一行の知る白雪姫といえば、鏡に写るこの世で最もきれいな女性、白雪姫を妬む王妃が、白雪姫に毒の林檎を食べさせる。白雪姫は永久の眠りについた筈であったが、眠った姫に王子がキスをすると、姫が目を覚ます、というもの。
 しかしどう考えたとしても、この小人たちはおかしい。能力を有し、人に害を及ぼす。小人は小人としてあるが、ただその役割を持っているだけで、本の内容を無視し、自分たちの意志で動いているようである。
「俺たちは白雪姫を護ろうとした。でも白雪姫は助からなかった。王妃の力は絶対的で俺たちでは太刀打ちできない。不服だが、王妃のもとで生きるしかなかったんだ」
 火輪がそう漏らした。
 ……あらすじはこうだ。
「林檎女王は、王妃だ」
「彼女が能力を有して、白雪姫を殺してしまった」
「毒林檎を喉に詰まらせて、呼吸困難になり、瀕死になっていた姫を此処で引き取ったのだが、王妃に見つけられてしまい、死んでしまった」
「王子の行方を見たものはいない。王子はもう恐らく、俺たちの目の見えるところにくることはない」
 林檎女王こと王妃は恐怖政治を行っていた。彼女の力さえあれば、軍も政治も必要ないらしく、王妃の統治するところに住む者たちは、ただ恐怖を感じ続ける毎日。
 そこを出ようとする者たちは、罠で囲ってしまっていた。女王の目はどこへ行っても逃れることができず、逃れようとすれば殺される。
「年貢とかは?」
「そういうのは特に求められない……、ただ」
「ただ?」
「捕まると、女王に喰われる。喰われて、見るも無惨な姿になって死ぬ」
 女王のカニバリズムが、どうやら最も恐れられているところらしかった。
 そもそも白雪姫本文で、王妃は塩茹でにして白雪姫の臓器を食べたがる、という描写がある。この現象は恐らく、王妃がそういった不気味な本能に目覚めたということなのだろう。あまりにも王妃は強くなりすぎてしまっている。だからなにをしても許される。なにをしても許されるから、どんなことでもしてしまう。少なくともこの王妃の考え方は、誰も得へと導かない。
「きも……」
 燃料を口から接種する黒がそう吐いた。ガソリンなどの燃料というのは元を取れば動物の死骸からつくられたものであるのだが、そんなことを理解している黒であっても、自分たちと同じ種族を食べる、ということには嫌悪感を抱かずにいられなかった。
 単純に、気持ちが悪い。
「王妃は、誰にも関心がないんだ。誰を助けたいだとか、誰を愛したいとかいう感情がもうない。完全にイカれてしまっている。しかも誰もそれに逆らうことができない。俺たちも、白雪姫も、王子も」
「チーユちゃん」
 黒が口を開いた。突然そういったので、黒以外の人物が全て口を閉じた。七人の小人たちに関していえば、そのあまりに出来すぎた間に、少し希望というか明るみというか、そういったものを感じさせられてしまう。はっとした小人たちが全員黒の方を向くと、とても真剣な顔をしていた。先ほどの燃料を飲み込んでいたときと比べ、その姿は随分と凛々しく、立派で、優秀そうであった。一方、黒以外の一行が思うのは、その希望を生む言い出しに関してよりも、七人の小人の名前を覚えていた黒に対する驚きであったかも知れない。
「ボクたちはこの世界の住人じゃない。それで、実は君たちも元の世界の姿じゃない。この世界の名前は白雪姫っていって、毒林檎を食べさせられた白雪姫が王子のキスで目を醒ますっていう話なんだ」
 小人たちが動揺した。
「それでボクたちはこの世界を元に戻す為に此処へきた。元々君たちの憎んでいる王妃は憎まれモンで、白雪姫に嫌がらせをする役目。君たちは本来、その白雪姫が毒林檎を飲み込んだ後それを引き取る役。君たちは白雪姫側なんだよ。いまのままじゃ役目が違う」
 小人は、なんのことだか判らないような顔をしていたが、それでもいいたいことは伝わっているらしかった。
「林檎女王は倒さなきゃいけない、それはボクらも同意するよ。ボクたちも林檎女王を倒さないといけない。君たちも林檎女王を倒さないといけない」

「だから協力して、絶対やっつけるから」
「……!」
 それをいう黒の表情は、いままでになく清々しくて、頼りがいがあった。小人たちはそれに驚いた。
 希望を持てる発言であった。自分たちが奇襲を仕掛けた相手が、共感し、味方してくれる。なんとも不躾というか、常識外れな話であるが、互いの利害は一致していた。小人たちは小人たちで、一行を襲わずにはいられない事情があったのだろう。
 一行は特に彼女たちに対して怒るつもりはなかった。事情を感情で怒るくらいに落ちぶれてはいないし、それに、彼女たちはもう十分制裁を受けたから。
「協力……します」
 小人たちはしばし間を空けてそう答えた。申し訳ない、だとか、信用できない、などの思いがあっただろうが、それは彼女たちのあまりに悲惨な事情で薄まった。この現状を脱したい。その思いが強くあったようだ。
 元々彼女たちは優しい。その優しさは白雪姫を助けるほどに。異変が起きてその姿が変わってしまったとしても、彼女たちの中にそれはまだ残っている。
 だが、黒にはなにか別の思惑があるようで、
「だから、これが終わったらボクもそのメンバーに入れて……」
 と、槍が突き刺さってもいい続けた。



「ぴゅーぴゅー血ぃ出たよ! ぴゅーぴゅー!」
「うるさい! お前は少し黙れ!」
 全力で怒られ、槍を刺された黒ではあるが、やたらと天然ぶり、それをまなは怒る。
「あの、黒さん。大丈夫なんですか……?」
 申し訳なさそうに小人が聞くが、頭から垂れる血が目に当たって、それどころではなさそうであった。
「それで、敵っていうのは一体どこにいるんだ? 林檎女王は?」
 ユースが仕切り、小人たちに訪ねた。
 答えるのは勇敢な赤色だった。
「林檎女王は、判らない。彼女の居場所を知ってるのは彼女の配下だけ」
「その配下ってのは? 体格とか、話が判るとか」
「……」
 赤のチーユは一旦口ごもり、あまり話したくなさそうにした。元々話したくない話をしているのだから、無理もないのだが。
「名前は、ミラージュ」
「ミラージュ?」
「そういう名前の女の子。性格は……林檎女王に忠実。林檎の配下はこの一人だけ。それでもこれがすごく強い」
「説得はできないのか? 弱みだとか」
「無理だね。あれはあれで林檎と同じくらいイカれてる。出会ったら最後。戦って勝つか、死ぬか」
「そいつ強いのか?」
「強いよ。女王の次に強い。殺すことを躊躇わない。っていうか寧ろ率先して殺しにくる。それでいて、なんの攻撃も利かない」
「なんの攻撃も利かない?」
 そうでもなかったら自分たちはとっくに反発している。彼女たちはこう訴える。
 一行の耳にミラージュという言葉が強く印象づいた。その不気味な能力は、小人をとても苦しめているらしい。彼女たちの反応は芳しくなかった。
「じゃあ、ミラージュを倒して、林檎女王の居場所を聞き出して林檎女王を倒せばいいんだな?」
「強いよ、それも恐ろしく強い。あなたたちでも、きっと誰か彼か死ぬ。全滅するっていう恐れも十分に考えられる。それでも?」
 この質問は今回の戦闘を行うことが、あまりに無謀だと訴えるようである。いままで誰が林檎女王・ミラージュに挑んで死んでいったか知らないからそのような軽率な口が叩けるのだ、と、口にしたくもないらしく。
「心配してそういってくれるのはありがたいけど、やるぞ。俺たちは。元よりその為にきたんだから」
 一行にはこれを果たす義務があった。この異変を解決しなければ、異変は本から飛び出し、図書館にまで及ぶ。自分たちが生きる為に、それを行う。まさしく相互の利害は一致している。
 戦うこと、それは一行に対しては色々と未知な部分が多い。今回は、戦った。なんなく倒すことができた。しかしいつも能力を駆使して勝ってきた訳ではないし、これからの戦いで勝てるという確証はない。強いか弱いか、というのは結果論にすぎなく、自分たちが強い、と謳えるほどに、一行に実戦経験はない。
 それでもユースが迷いもなく、戦う、というのは、自信があるからではなく、そうすることしかできないから。この世界を実際に救うことに導けるかどうかはともかく、そう導こう、と思うことができるのは最早一行しかいない。
 だから、一種のハッタリだった。戦う、とはいったものの勝つとは言い切れない。とはいえ、情報を得なければならないし、いずれ勝たなければならない。どれだけ血みどろの戦いを行うかどうか、覚悟していない訳ではないが、このユースの信念には大きなネガティブな要素も含まれていた。
「任せるよ。勝って貰いたいから」
「応」
 金輪が話を続けた。
「ミラージュは狂ってる」
 不吉な言葉だった。
「ミラージュっいうのは、ある日突然現れた女なんだけど、とにかく見境なく人間を襲うんだ。王妃直属の配下なんだけど、彼女以上の権限を持つ人でも、もう誰も彼女に顔が上がらない。やりたい放題で、あまりに不気味」
「どういう風に?」
「人間の首を落とし、身体を切り開く。臓器を取り出し、塩茹でにして王妃に渡す」
「うげぇ……」
 サリアが青い顔をした。
「あたいたち小人は、人間じゃないからそういった対象にはされなかったんだけど、ミラージュはもう誰でも彼でも襲って殺してる。あんな危ないのがここを仕切ってるなんて、酷過ぎる」
「化け物が仕切る化け物政治だな」
「そう。そして誰も勝てない」

 白雪姫は地獄だった。
「ミラージュはどこにいるんだ?」
「草原。もともとは森だったんだけど、木が枯れて草原になってしまった。あたいたちはもう危なくてあんなところに行きたくない」
「判った、悪かった。ありがとう」
 黒は茶菓子に燃料をかけて食べた。ひたすら美味そうな表情をするのだが、まなに殴られると白目を剥いた。

「ねぇ、ミラージュってさ」
 小人たちの家を出て、一向は話をしていた。サリアがいったその言葉、その内容を黒は理解していた。
「うん、たぶん鏡のことだよね。擬人化したってことなんかな」
「鏡? 鏡よ鏡よ鏡さんの鏡ってことか?」
 ユースがそういうが、黒は半分以上無視して、自分の話をした。
「元々王妃の持ち物だから、異変で人間の型を得たのかもしれない。王妃の唯一の味方、って立場にも頷ける」
 サリアが返す。
「どうしてミラージュは草原にいるんだと思う?」
「多分戦闘になにか有利な部分があるか、草原の近くに村があるから、そこで人を襲うからなんだと思う」
「ミラージュの能力って?」
「予言か、予測、かなぁ……なんて思ってるけど。持ち主の見たい光景を映し出す鏡だからね。でも多分外れてる。行ってみてから考えることにするよ」
「ミラージュになにか目的はあるんだろうか? 意志っていうか」
「林檎女王をもっと偉くしたいって思ってるとは思うけど、虎の威を刈る狐かっていったらそれも違うと思う。それならそんなに積極的に活動しないし。だからどっちかっていったら多分娯楽犯的。出会い頭にいきなり襲ってくるくらいの感じじゃないかな、躊躇いなしに」
「そっか、なるほど。二人はなんかある?」
 サリアが突然矛先をユースとまなの方に向けたので、
「い、いやぜんぜん……」
「つづけてくれ……」
 と、苦しそうに二人はいった。
「なぁまな、黒って一体どういう扱いをするのが正解なんだ……? ついていけない」
「同感。変態だからあんなに言葉巧みなのかな……」
 変態、というのは黒に対していえば不思議に喜ばれるバッドワードであるが、彼女が言葉巧みにあれほど喋ることが出来るのは、決して変態だからではなく、人がなにを考えているかについて分析すること長けるからである。おおよそ会話の初めを聞けばどのような会話が行われるかが理解出来るという彼女は、つまり相手がなにをいってほしいかを理解出来る。彼女の生き方に対しては賛否両論が存するが、其れは人が決めることであって、彼女の求めるものは、彼女自信にしか追求出来ない。

 彼女は、本を書きたいと思っていた。
 図書館にいる、という役柄上、本に対しての思いは強い。世界を生み出すことの出来るくらいの、その強大な情報の塊は、彼女の、書いてみたいという気持ちをくすぶっていた。作家になりたい、などという気持ちではないが、自分が面白い、と思うことができる本をつくることが、彼女にとっての夢である。
 小説か、自伝か、はたまた絵本か新聞か写真集か、なにひとつ決めてはいないが、本を書きたいという気持ちだけはあって、それに対する彼女なりの方法は、インプットを増やすことだと思っている。
 生活の上で様々な体験をし、考えを豊かにし、自分の表現したい世界を広める。彼女の理想はとても高く、だからこそいつまで経っても筆を動かせないのであるが、それでもいつかはそれをするのを夢見ている。
 筆を動かしても、すぐに置いてしまう。いまのところではその程度のものであっても、いずれは必ず、それを書ききれると信じていた。
 ひとつの夢、これは彼女のひとつの夢だが、強く頭の中にある思いから成るものであるのだ。
「そういえば黒、プラーに能力が登録されてるよ」
「そうなの? まぁ、しばらくは保留にしておく」
 サリアは発見したらしく、黒にいうも、黒があまり興味を示さないのでサリアはひとりその器具を弄くり回した。
 とはいえ、折角主張をしてくれたので、なにか返さなければ可哀想と思った黒は、
「サリア」
「ん、なに?」
「ボクって子供っぽいと思われてんのかな?」
 素朴な疑問を思ったので、サリアに尋ねた。
 するとサリアは、
「くろは……そうだな、皮肉っぽい」
「うん」
「で、意地悪」
「それは判ってるよ、ただボクって子供っぽい部類? それとも大人っぽい部類?」
「どっこいどっこい」
「わ、その言葉サリアっぽくない」
 一行は草原へ向かった。