親って子どもにとっては絶対的なものだなぁって思う。
子どもって親を選べないなぁって思う。
だから、親になる事って責任が重たいな、って思ってた。
そう考えるようになってたのは、
自分が自分の親とややこしい状態だったから。
ちょっと昔のお話。
うちの家族は離婚家庭だ。
私が高校2年生の時に始めて離婚話が出た。
忘れられないなぁ。
居間で父親は中日戦をテレビで見ていた。
私はお風呂を出て、同じ部屋で髪の毛を乾かす為にドライヤーをかけていた。
ドライヤーが耳元で騒がしい中、母親とおしゃべりをしていた。
そうすると、自然と声が大きくなったようで、父親に「うるさい」と叱られた。
母親は「そんなに怒らなくても」と私を擁護してくれた。
そんな母を父が「お前は俺じゃなくて娘を守るのか」と。
そこから喧嘩が始まった。
いや、実際には違うかもしれないんだけれどさ。
私にはそんな風に見えたわけ。
親同士が喧嘩している中、私は大学受験を控えていて勉強しなければならなく。
当時の親友によく話を聞いてもらってた。
そいつも家庭環境が複雑だったものだから、なんとなく通じ合っていた。
アドバイスをくれるわけでなく、叱るわけでなく、
常に私の傍にいてくれて、大きな意味で守ってくれてた。
家に帰りたくないって気持ちがあったから図書館に通えたし、
学校でもクラス分けで運が悪く、親友やその他仲の良い友達が別クラスだったものだから、
休み時間も変に遊ぶことなく勉強をすることが出来た。
ほぼ2年間バイトだったり遊びだったりクラブだったり生徒会って、
勉強以外にチカラを注いでいたのに、現役で合格できたのはこの高校3年生の複雑な状況のおかげだった、
今はそうやって言えるような気がする。
まぁ、ほんとは御茶女の心理学に行きたかったんだけれど、ね。
私がそんな風に受験勉強をしている間に離婚は決まり、
弟と私は母親が引き取る事になり、私の受験が終わり次第別離ってことも決まったようだった。
母からは現役合格必須と言われたから、行きたい大学じゃなくて、行ける大学の照準を絞った。
併せて、入学後のかかる費用を考えて、なるべく安いところ、だけに更に絞った。
既に引っ越す場所は決まっていたから、通いやすい大学、ってのに絞る。
受験にも費用がかかるものだから、受験する大学も絞らなきゃいけないってことで、
この時期はほんとうにしんどかったなぁ。
立教、明治、本女、大東文化大、確かこの辺りを受けたんじゃないかな。
早稲田は意外に高かったのを記憶してる。
センターは絶対的な自信が無いから、御茶女は諦めて抑えとして埼大。
大東文化大と国立は申し訳ないながら、抑え。
幸いながら、割と行きたい大学に受かったから、そちらに行けたけれど、ね。
今だったら、もう少し賢く、うまく奨学金を使って行きたい大学を受験したなぁ。
慶応・早稲田も受けておけば良かった。
ただ、授業料も高いし、偏差値がぎりぎりだったからチャレンジしなかったんだよな。
あの頃の自分は今よりもずっとずっと保守的だった。