北京五輪柔道を見ていたら、高校の柔道の授業を思い出した
あれは高校3年の夏の頃のことだ。
クラス内の柔道の試合で成績を決める、ということが先生より告知された。 クラスのみんなの見守る中、身長の似通った男子が2名ずつ、試合を行った。 試験ということもあり、誰もが慎重になって、なかなかどの組も技を繰り出せない。 結局私の前に行われた試合の全てが、決着付かずで終わっていった。 私はそんな試合に違和感を感じていた。 柔道場に飾られた嘉納治五郎の額縁写真は、無言で私を見つめているようだった。 私と、そして日頃からどこか牽制する友人の番が来た。 私は攻めた! 友人と共にがっしりとお互いの柔道着つかみ合ったところで、私は日頃から友人より力があることを思い知らせるために、友人を激しく力任せに腕力で揺さぶり、友人は揺れた。 その瞬間を見て、私は大外狩りを繰り出そうと左足から右足に重心を持っていこうとしたときに、友人の足裏が私の右ひざを抑えていた。 膝車! 私は見事に一回転をしていた・・・。 試験が終わり、クラスの女子もいる教室で、こんな話が聞こえた。 「投げられたのあいつ(私のこと)だけだね」 高校生といえば、誰も自分を女子に良く見せようと誓う年頃だ。 弱いことや負けることは、あってはならないことだった。 私は自分の仕出かした事の重大さに、遅まきながら気づき始めた。 と、その時。 友人が皆に聞こえるように、こう言ったのだ。 「俺、運が良かったよ。あいつ強えーし」 恥ずかしながら、私が柔道について考えたのは、あれから幾時間もの年月を経た今にになってからだ。 あの時の友人とは、それからも特に親しくなることもなく、高校を卒業してからの消息も知らぬ。 ただ北京五輪柔道を見ていたら、高校の柔道の授業をふと思い出し、ひとつだけやりたいことが出来たので、この日記を書いた。 嘉納治五郎の見守る柔道場で、あのとき試合をした友人に、もう一度試合後の礼をしたくなったのだ。 |