自分が変わると世界が変わるというのはウソじゃない。

そういうウソのような世界が真の世界だ。

だから真の世界だと信じ思っていたことはウソの世界という逆説も成り立つのだろう。

 

自分は変わった。

 

若いころはとにかく「人の上に立つリーダー」を目指して鼻息が荒かった。

しかし、そこそこ行くがそれ以上は行かないようにいつも邪魔が入り、中途半端な結末ばかりだった。

伸びない理由の最大の原因は「論評し否定する」ことだった。

 

結局いつも何かにつけ値踏みして肯定よりは否定、論評することで相手のスキをつついてばかりいたように思う。

リベートとか言って。

 

今から思うとかなり悪魔的行動だった。

悪魔に栄養を与えてしまっていた。

だから最後はすべて奪われる。

 

「自分は人より優れているから私はリーダーの資格がある」とか「あなたとは違うんです」といった思いがあると、相手を論評し否定するようになる。

それはただひたすらに自分がこの競争に生き残ろうとするから、そういう思いに支配されてしまうのだ。

 

その「論評して否定」するというのがなくなった。

きっかけは「自分は特別ではなく他者との違いはない普通の存在」とわかったからだ。

「個性」と「平等」は両立することも理解できた。

 

人を論評し差別していた自分は、逆に自分が人から論評され差別されるとものすごく気に障り、ざわざわし逆襲していた。

それがなくなったのだ。

自分が人から論評され差別されても気に障ることなく、ざわざわもしなくなった。

 

自分が変化したら、同じような状況にあっても、世界は以前のようではなくなった。

以前の世界はもうどこかに消えてしまっていた。

気も障らずざわざわしない世界の中に今自分は身を置いている。

 

だから自分が変わると世界が変わるというのはウソじゃない。