昔、他の実況者さんで「ママに会いたい」というゲームを視聴した。
内容は「堕胎される子供目線の話」で、重いテーマだった。
今回、キヨさんのゲーム内での発言が話題になってるらしい。
Xでは「キヨは言葉を選んで発言してた」という声もあり、私もその通りだよなと思う。観てはいないけど、キヨさんはそういった配慮できる人だと思うから。
今回私が気になったのは、「少し否定的な意見や疑問点を投げた時に、勝手に被害者ヅラで攻撃してくる人」に対してだ。
「被害者という正義の名のもとに人は積極的に強烈な加害をしてくる」と、私は常々思っている。
本来、人には表現の自由があり、賛否両論あっていいし、それを発言していいはずだ。(差別等の加虐性のあるものは別)
それを「相手の気持ち考えて」という「正論」で「謝罪し発言を撤回する」にまで追い込まれる。
こちらがそんな悪意の意図のない、むしろ配慮した発言であっても、そぐわない趣旨であれば「相手の気持ちを考えてない」一括りで勝手に強制的に加害者にされる。
まるで真綿で窒息されるみたい。
ただの一意見であなたは殺されるんかい、くらいに必死に噛み付いてくる。
これってもう弾圧だろとすら思う。
「加害者は元被害」という側面があるのはわかる。
鬼滅の刃の敵みたいに、「悪にならざるを得なかった」構造とか。
それでも、その構造があれば被害を受けた側は批評してはいけないのか?
例えば飲酒運転して人を轢いてしまった人には、「飲酒運転に追い込まれるくらいの不幸があった」として「運転手の気持ちになって」と言えるのか?人を轢いといて。
今回のゲームでも、子供を失いたくて失ったではないのだろう。でも、それでママに会えなかった子供の気持ちはどうなる?
おそらく、「相手の気持ち考えてない」と指摘した人達は、長年「母には仕方のない理由がある。可哀想だから責められない。母を非難してはいけない。」と、ずっと「母の気持ち」ばかり考えて、自分の気持ちを押さえつけて、母を庇ってきた人なのではと思う。
または、「そんな可哀想な母から生まれた私も可哀想な存在だし、そんな生き方しか知らない」と生きてきた人達なのかもしれない。
※この記事では、誰に対しても差別や偏見、非難をしていません。個人の一意見であり、疑問、考察です。