サイコメトラー村上探偵事務所
幼い日の記憶
色褪せた写真
大晦日を4日後に控えた12月27日、この日孝之(23歳)は依頼者との面談の為、ある会場を訪れていた。折しも名古屋の街は歳末商戦真っただ中。行き交う人々は一様に華やいで見えた。
午後1時30分
吹き抜ける風に寒さ際立つ。上空には水の宇宙船と呼ばれる巨大な水槽。ここは名古屋市屈指のランドマーク、”オアシス21”。今日も多くの子供連れで賑わう。仮設のスケート場とコンサート会場、傍らにはキッチンカーも並ぶ。孝之はイベント会場を囲むように配置された、一つの白いテーブルの椅子に腰を下ろした。
上空の巨大水槽には銀色に輝くエレベーターが設置されている。その時孝之がぼんやりイベント会場を眺めていると、そのエレベーター付近から、周りを気に掛けながら来る1人の女性に目が止まる。
彼女は辺りをぐるりと見回すと、その後真っすぐに孝之の前迄やって来て立ち止まった。
「失礼ですが村上孝之様でいらっしゃいますか?」
孝之はすぐさま立ち上がり会釈する・・・・
「あなたは塚本弘子様ですね。お待ちしておりました」と孝之は微笑む。
その後2人は、対面する椅子に腰を下ろす。
広場の中央ではイベント会場造りが行われていた。マイクやスピーカーを運ぶ者、機材を運ぶ者や一般客などが入り乱れて、一種騒然となる。
「僕の事、よく分かりましたね」
「ええ、黄色いマフラーが目印。とお聞きしたので、他に該当する人物が居なかったので・・・・」
孝之はその日、黒色のズボンにグレーのジャケット、薄手の黄色いマフラーを襟もとで纏めていた。一方で塚本弘子は肌色のロングスカートに厚手のダウンジャケット、見た目は40代半ばに見える。
「お問い合わせの電話,有難う御座いました。ではさっそくですが、要件をお聞かせ願いますか」と孝之が言う。
「はい、ある人物を探してほしいのです」女性は深刻な面持ちで孝之を見つめる。
訴える様な仕草に、彼女の深刻な胸の内を悟った。
「何か深刻な事情がお有りのようですね・・・・・」
依頼者の弘子は、まるで哀願するかのように、目を潤ませて話しを切り出した。
「実は私には、5歳の時に生き別れた2つ年上の姉がいます。微かな記憶しか無いのですが、二人で一緒に遊んだ覚えがあります。その時の姉を探してほしいのです」
「5歳の時といいますと、貴方の年齢から推測して、40年ほど前の話になりますね?」
“40年前”といえば、自分はまだこの世に生まれていない。そんな遠い昔の出来事を解決する自信はない。・・・・ さてどうしたものかと思案した。
やがてイベント会場も、次第に人が増えて騒がしくなって来た為、2人は近くのコーヒーショップに場所を移す事にした。店の中に入ると少し混んではいたが、コーヒーとサンドイッチをオーダーして空いている席に座る。
「ところで何か思い出の品とか、遺留品などが有ればお見せ願えませんか」
すると彼女はバックから1枚の写真を取り出した。孝之は興味深そうに覗き込む。
「ほう、これは随分古い写真ですね。」
提示された写真はとても色褪せていて、遊園地らしき遊具の前で、微笑む二人の少女が写っていた。
「この写真に写っているのは、幼い日の姉と私です」
「そうでしたか、何か曰くが有りそうですね。よろしければお話し願えませんか」
「実は姉と私は、異父姉妹でして・・・」彼女(弘子)はバックからメモ帳を取り出して、
姉との経緯をゆっくりと話し始めた。
それは弘子が中学生になった頃に、母親(多恵)から聞いた話である。母親は前の夫との間に、長女である美智子が生まれた。しかし暫くすると、最愛の夫を病気で亡くす事になる。
その後直ぐに、塚本辰夫(現・弘子の父)との再婚話が持ち上がると、母親(多恵)は悩んだ末に再婚を決意した。そして弘子が生まれると、父親の辰夫は血筋の繋がる弘子は可愛がるも、美智子には次第につらく当たるようになったという。
それで母・多恵は、長女の美智子に危害が及ぶのを恐れ、養子縁組みを依頼するべく里親を求め、親戚縁者に声を掛けた。ところが返って来る言葉は皆一様で、余裕がないことを理由に断られた。一旦は諦めかけていた里親探しも、それから数か月が過ぎ去ったある日、遠い親戚と名乗る男性が表れて、子供のいない夫婦が、養子縁組を希望している事を知らされた。
面識のない他人に、我が子を託すことに抵抗があった。しかし悩んだ末に母親(多恵)は、養女として美智子を預ける事を決意したという。
「ではその養父母様の氏名とかは、分かりませんか?」
弘子は顔を横に振った。
「子供の頃に母から聞かされた気がしますが、今はもう忘れてしまって覚えていません」
「そうでしたか。ではあの写真だけが、唯一頼みの綱という訳ですね」
依頼者の弘子は、静かに頷いた。
「あの写真は去年母が亡くなる迄、写真立てに入れられて、寝室に置かれていたものなのです」
「そうでしたか、お母様にとっては掛け替えのない大切な写真だったのですね」
弘子が言うには、4年前に父親(塚本辰夫)が他界してからは、母親は気兼ねすることなく、寝室の枕元に姉妹の写真を飾り、後生大切にしていたという。
「そうでしたか、母親の思いが宿る、貴重な写真と言えますね。・・・失礼ですが、弘子さんは独り暮らしをなさっているのですか?」
弘子は顔を横に振った。
「私には二人の娘がいますが、それぞれ結婚して家を出た為、今は夫と二人暮らしです」
「そうでしたか、それはお寂しいですね。ではその写真、お預かりしてよろしいですか?」
「はい」 と弘子は静かに頷いた。
長年悩んでいた胸のつかえが、孝之に話したことで癒された様で、穏やかな表情を浮かべ弘子は帰って行った。
見え始めた真相
その日の午後には、名古屋市内の気温が6℃にまで下がった。孝之は事務机の上に写真を置き、手を翳して意識を集中した。すぐ横では洋子が、事の成り行きを静かに見守っていた。やがて彼は静かに手を下ろし・・・
「写真からは、強い怒りと悲しみの感情が伝わってくる。それと・・・どこかの街の風景らしきものが見えるけど、それが何処なのか見当つかない」
孝之の言っている意味が、洋子には何となく理解出来た。
「悲しみの感情は、お母様の思いを反映しているのね・・・」
女性特有の我が子を案ずる母の気持ちが、洋子には手に取るように理解出来た。
この写真からは、強い残留思念を感じると孝之はいう。
「僕の手にはおえない。師匠(大迫しのぶ)に連絡をとって、明日にでも行ってみるよ」
孝之はその写真を、厚手の封筒に入れて、ショルダーバックに納めた。すぐに大迫しのぶに連絡を入れると、明日の10時迄に来るようにと言われる。
「孝ちゃん、私も連れて行ってよ」
洋子は大迫しのぶと面識は無い。一度は会ってみたいと常々思っていた。
12月28日(土曜日)この日、洋子と孝之の二人は、大迫しのぶ人生相談所を訪れた。
約束の時間には、まだ20分ほど時間が有ったが、すぐに廊下の向こうから歩く人の足音が聞こえて来た。
「あらおはよう。随分早いのね。寒かったでしょう」 と大迫しのぶが現れた。
「おはようございます。忙しいところを申し訳ないです・・・」
しのぶにとって今日は休日であった。孝之は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
大迫しのぶはすぐに暖房のスイッチを入れたが、馴染みの無い洋子がいる事にふと気が付いた。
「あらお連れさん?」 言われて洋子は大きく頷く。
「初めまして。野田洋子と言います、よろしくお願いします」
「あなたは・・・孝ちゃんのお友達かしら?」
言われて二人は見つめ合あう。
「それはさて置き、見せたい写真が有るのでしょう。早くそれを見せてちょうだい」
孝之はショルダーバックから封筒を取り出して、1枚の写真を手渡した。
受け取った写真を手にすると、大迫しのぶは眉を潜める。
「恨みと強い悲しみの残留思念が宿る。この写真、なんだか嫌な予感がする」
大迫しのぶは祭壇の有る部屋に二人を招いた。その後、祭壇を背にして静かに正座した。洋子と孝之も対面する様に並んで座る。座敷机の上に、預かったばかりの写真をそっと置き、その上に手を翳した。
何かを念ずるようにして、左から右へと手を移動する。これを数回繰り返しやがて・・・・・
「この写真からは、強い怒りと悲しみを感じる。悪いことが起きなきゃいいけど」
大迫しのぶのは、その場で手を合わせ、写真に静かに一礼する。
「娘に会いたいと、女性が訴えているわ。母親かも知れない。養父母らしき男女が面会を拒んでいるのよ。中村・・・洋二とおっしゃる方が養父なのね。女性がそう言っているわ」
写真に残る残留思念は古い時代のもので、最近までの一連の念が、蓄積されたものだと大迫しのぶは言う。
「きっと早い段階で、面会を拒絶されたのよ。その時の恨みが、写真に刻まれたのだわ。女性はこの写真の持ち主で、離れ離れになった我が子との再会を、果たせないまま現在に至っているのよ」
大迫しのぶは核心部分に触れる。そこで塚本弘子から聞いたここ迄の経緯を、孝之は師匠である大迫しのぶに、一部始終をすべて話して聞かせた。
「じゃあお母様の塚本多恵さんは、すでにお亡くなりになられていた訳ね。だとすればあの写真は、生前果たせなかった恨みの念が宿っているわ」
事の深刻さを認識して、孝之は緊迫した表情を浮かべた。
「だから依頼者の塚本弘子さんは、何かに取り憑かれたように、憔悴した暗い表情をしていたのですね。彼女は病的に母親の意思を受け継いでいた訳だ」
孝之が弘子から聞いた話によれば、4年前に父親が亡くなるまでは、彼の前では心情を配慮して、美智子の話は一切口にしなかったという。ここにきて、衝動的に行動に出たのには、背景に重大な問題を抱えていると考えられた。
「この写真の残留思念からは、東の方角、天白区平針から日進市辺りが脳裏に浮かぶけど、たぶん早い時期に面会を拒否されたのだと思う。だから母親が知っている頃の情景しか、私の脳裏に浮かんでこない」
「つまり、中村洋二さんを訪ねて天白区から日進市辺りに行けば、美智子さんに行きつく訳ですね」
「そんなに甘くない」 と大迫しのぶは顔を横に振る。洋子が重い口を開く。
「孝ちゃん、40年という年月は相当に長いのよ。どんな風に状況が変わっているか分からないから、楽観視しない方がいいと思うよ」
それはそうに違いないと、孝之は頷く。
「では師匠、いろいろとお教え頂き、ありがとうございました」ここまで来れば、後は時間が解決してくれる。 と孝之は思った。
大迫しのぶには度々世話になっている。感謝の言葉を伝えたのだが・・・・
「礼には及ばないわ、貴方は私の弟子なのだから」と大迫しのぶが言う
その後洋子と孝之は写真を受け取り、帰る事にした。
「困ったことが有ったら、また何時でもいらっしゃい」 と見送ってくれた
日進市と言えば、名古屋市に隣接する、事務所のある金山からもそう遠くない。しかし巷はどこも正月休みに入り、頼みの綱の市役所さえも、昨日から1月5日まで閉ざされたままだ。すべては年明けに持ち越された。
奇祭で名高い神社を巡る
令和初となる大晦日がほどなく暮れ、待ちに待った新年が厳かに明ける。今年の干支は12支トップの鼠である。その子沢山にちなんで、繁栄を意味する年でもある。2020年は東京オリンピックの年であり。おおいなる飛躍が期待される。
例によって孝之は、三が日を家でゴロゴロと寝て過ごした。4日の日は朝9時に千種駅で洋子と合流、車で小牧市に向かう。この日の予定は小牧市の田縣神社(たがたじんじゃ)と犬山市の大縣神社(おおあがたじんじゃ)を初詣する事である。
田縣神社は男の宮で、ご本尊は直径60㎝で長さ2,5メートルの丸太で作られた男根だ。一方大縣神社は姫の宮で、ご本尊は穴のような裂け目のある岩である。2か所をセットでお参りする事で子宝、安産に恵まれると言い伝えられている。また縁結びの神様としても有名で、初詣には多くの若者やカップル等が、此処を訪れる。
大縣神社は名鉄小牧線、楽田駅から緩い坂道を歩いて10分少々の所に有る。周囲を背の低い山に囲まれていて、境内の敷地もそれなりに傾斜している。
「ぼくは物心が付いた頃から、いつも両親に連れられてここに来ていた」
「へーっ、そうなんだ」
孝之の両親は子供に恵まれず、田縣神社と大縣神社の二つを繰り返し参拝し、5年越しで孝之が誕生した。それからは毎年、新年にはお礼参りを兼ねて、今もなお此処に足を運んでいるという。
孝之は一番奥の左に有る、恵比須様・大黒様を祭った商売繁盛の神様を、最初にお参りした。すぐ隣には小さな鳥居のある社があり、賽銭箱にお賽銭を入れた後、願いを込めて四つん這いで、その鳥居をくぐり抜ければ、願いは成就すると言われている。
すぐお隣には他に、結びの池という小さな泉があり、文字通り恋の願いが結ばれると言われている。思いを寄せる異性の名を書いた紙に、賽銭を乗せて水に浮かべるのである。早く沈めば、願い事が早く叶うそうである。ここを訪れる若者はそれなりに多くいて、池の周りは歩いて一周出来るスペースも有る。池の深さは見たところ、30センチ~50センチといった所だ。
「ねえ孝ちゃん。あの池行ってみない」
「うん、いいけど・・・」
二人はお賽銭箱にお金を入れ、設置してある台に置かれた木製の短冊に、願い事を書き記し箱に納めた。そのそばに置かれた半紙とマジックペンで、相手の名前と願い事を書いて、水に浮かべ、その上に重りとしてお金を乗せた。孝之の半紙はすぐに沈んだが、洋子のは中々沈まない。
「孝ちゃん。ズルしたでしょう。何枚乗せたのよ?」
「えっ解ったの? 3枚だよ」
「わっズル・・・・そら沈むわ」
境内にはお札売り場が2か所あり、どちらの売り場も人で賑わう。反対側の山手には古いお札を納める社があり、その向こうは駐車場だ。駐車場は2か所あり、こちらは境内の中に有る。孝之は此処に車を止めていた。帰るのに大鳥居は通らずに帰る事になる。ちなみに出店は大鳥居から本殿までの参道両脇にずらりと並ぶ。5日くらいまでは店は開いているが、その後徐々に少なくなって行く。
大縣神社から車で緩い坂道を下り、1キロほど行くと名鉄小牧線楽田駅が有り、すぐに県道27号線に出る。信号を左折して南下すると2キロ程で、右手方向に田縣神社が道路沿いに見える。こちらは道路沿いで車の通行量も多く、右折車は反対方向からの左折車が並ぶ為、境内に入りづらい。目前で右に回り神社の裏をぐるりと回り込み、表通りに出て反対方向から左折で入るのがお勧めである。
田縣神社は町中に有り、平地で大縣神社と異なった造りだ。参拝者は大きく分けて、2つの神殿に列が出来る。奥の神殿には巨大な男根(直径60㎝×長さ250㎝)が祭られていて、驚かされる。豊年祭りは大縣神社、田縣神社ともに3月15日で、こちらは丸太のような男根が神輿として繰り出され、町中を練り歩く。大縣神社は女性のシンボルとしての山車が繰り出され、町中をそれぞれ練り歩く。奇祭としてここまで徹底しているのは、国内で唯一此処だけである。
洋子は、さっきからずっと気になっていることが有る。それは孝之から誘われて、こんな人里離れた神社に来たことである。
「ねえ孝ちゃん。なんで私なんか誘ってこの神社に来たのよ」
「それはね、幼いころから両親に連れられて・・・」
「その話だったらさっき聞いたわ!」
簡単な話ではない
1月6日(月曜日)孝之は塚本弘子に対し、父・塚本辰夫の戸籍謄本を、管轄する市役所から取ってくる様依頼した。
午後1時過ぎ、塚本弘子が父親の戸籍謄本と、マイナンバーカードをそれぞれ持って事務所にやって来た。すると孝之は洋子に事務所を託し、依頼者・弘子を同席させて、日進市役所に向けて車を走らせた。
金山駅からJR中央本線沿いの道路を北上すると、やがて国道41号線(名犬バイパス)と交差する変則交差点に差し掛かる。これを斜め右方向に曲がり、すぐ右に見える鶴舞駅を過ぎると、大きな交差点、通称100メーター道路(道幅が端から端まで100メートルの意)に差し掛かる。
そこを右に曲がり直進して吹上ホールを過ぎた辺りからさらに右折して、県道153号に入れば、平針までは一本道となる。平針から県道58号に左折して3キロ程で県道57号と交差する。日進市役所は1本道を隔てたすぐ傍に有る。
なお平針に隣接する日進市の南西には、大勢の人で賑わいを見せる、大型ショッピングセンター(プライムツリー)が進出して、近年急速に近代化が進む。
孝之は、市役所内の案内表示に従って住民課窓口に行く。番号札を取り待つことにした。やがて自分の番号が呼ばれたので、塚本弘子と二人受付に向かう。応対してくれたのは、(中野久子)と名札を首にぶら下げた中年女性だ。
「お待たせしました。ご用件をお伺いします」 といたって事務的な応対だ。
「じつは中村洋二さんという方の、お住まいを探しているのですが」
すぐに即答で返事が返ってきた。
「申し訳ありません。個人情報なので、お教えできません。失礼ですが、あなた方はご家族の方ですか?」
「失礼しました。私はこうゆう者です」
孝之は慌てて名刺を手渡した。
「村上探偵事務所・・・村上孝之さんですね。ではこちらの方はどなた?」
「この方は、東区にお住まいの塚本弘子さんでして・・・」
孝之は職員の中野久子称する人物に、此処までの経緯を事細かく伝えた。弘子には幼いころ生き別れた姉がいて、中村洋二を里親として養子縁組がなされた事を強調した。
「じつは今日、塚本弘子さんのマイナンバーカードと、養子縁組を記録した父親の戸籍謄本をお持ちしました」
その申し出を受けて、職員の中野久子は慎重な対応に迫られた。
「分かりました。個人情報に関しては、管理が厳しく規定されています。私ではお答えしかねますので、上司の許可を取ってきます。少々お待ちください」
待つこと5分、職員の中野久子がメモ用紙を手にしてやって来た。
「お待たせしました。中村洋二さんの戸籍の確認が取れました。養女の美智子さんは、平成10年3月に鈴木敏則さんとご結婚されて、守山区に住所を移転されました。中村洋二さんについては5年ほど前にお亡くなりになり、妻の秀子さんは現在特別養護老人ホームに入居されていて、自宅はお留守にされています」
戸籍謄本については厳格に規定されていて、家族(同一戸籍)以外は取る事が出来ない。その代わりに、克明に書き記されたメモ用紙を手渡された。それによると養女の美智子(弘子の姉)は、鈴木敏則氏と結婚して、守山区小幡に住居を構えている事が判明した。
『決まりなので・・・』 と前置きをしたうえで、職員の中野久子は次の様に話を続けた。
「申し訳ないのですが、マイナンバーカードと、今日持って見えた戸籍謄本のコピーを取らせて頂きます」 そう言うと職員の中野久子は、カウンターに置かれた書類の一部を手に持って、壁の向こうに消えた。ここまでの情報は、孝之にとって大きな収穫に思えた。ところが、帰りの車内で塚本弘子は意外なことを口走る。
神がかり的運命?
まだ休み期間中の会社でも有るのか、名古屋市内は車の流れが順調に思えた。県道58号線から平針に入り、県道153号線を右折して少し走った頃、塚本弘子がおもむろに口を開いた。
「先ほどの話からすると、現在の姉のフルネームは鈴木美智子となる訳ですね」
「まあ、そうなりますね。それがどうかしました?」
弘子が意味あり気にささやく。
「居るのよ。私が働くショッピングセンターに、鈴木美智子の名札を付けた女性が・・・」
「えっ、嘘でしょう! そんな事まじ有り得ない!」
瞬間、孝之の背筋が凍りついた。これは呪いか怨念か・・・・
“待てよ。同姓同名なんか何処にでもある”。きっと彼女の思い違いだ。だいいち見間違いって事も十分考えられる。そうだ! きっと彼女の見間違いだ。・・・でもどうしよう、もし本当ならあの写真の呪いだよ。
そうか、再会を果たせなかった塚本多恵が引き寄せた呪いだ! おっと待てよ、あの写真は今も事務所の机の中に置いてある。わっ、わっ、まずいぞ! 早く処分しなければ・・・あっ、そうか他人の物は勝手に処分できない。ならば師匠にお祓いしてもらえばいいか。そうだ! その手が有ったか。よし! 急いで帰らなければ、とアクセルペダルを踏み込んだ。
「ちょっと! 大丈夫ですか!」 と塚本弘子が叫ぶ。
「えっ、何が・・・」
「さっきから、凄い汗かいていますよ、それに・・・スピード出しすぎですよ!」
言われて孝之は我に返った。スピードメーターは優に80キロを超えていた。
「おっと、これは失礼しました。そういえば先ほどの鈴木美智子さんの件なのですが、見間違いって事も有りますよね」
「えっ、何で?」
時刻はすでに、午後4時半を回ろうとしていた。塚本弘子は電車で帰るというので、途中のJR鶴舞駅で降ろした。捜索に関してほぼ目途が付いた。というので、後は彼女自身の足で確かめるという事になった。
鈴木美智子の本心
1月8日(水曜日)午後1時00分、正月気分も終わりを告げて、仕事にも一段と気合が入る頃。孝之は探偵事務所に居て、請け負った仕事の日程表を、ホワイトボードに記入していた。
その時、『コンコン』とドアをたたく音がした。
「はーい!どうぞお入りください!」と孝之が答えた。
『ガチャ』とドアが開き、二人の女性が入って来た。厚手のパンツに水色コートの弘子と、もう一人はベージュのコートを着た、同年代と思われる女性だ。
「あっ、貴方は塚本弘子さん。お連れの方は・・・もしかして鈴木美智子さんですか?」
弘子は深々と頭を下げた。その後連れの女性が・・・
「お初にお目にかかります。鈴木美智子と申します。その節は妹が大変お世話になりました。おかげさまで40年ぶりに妹と再会出来ました」とお辞儀をした。
孝之は自分の知らないところで、事態が急展開した事に驚きを隠せない。すぐに弘子に視線を向けると・・・・
「孝之さんと別れた後、私はメモに書いてあった住所を訪ねました。姉とは今まで時々顔は見かけていたのに、お話しをしたことがなくて、すごく緊張しました・・・でも話してみるととても優しい方で、すごく嬉しかった」
姉の美智子は弘子より少し背が高く、落ち着いた気品のある女性に思えた。
孝之は弘子の話を聞きながら、まるで自分の身に起きた出来事のように喜んだ。
弘子の話によると、姉の美智子はショッピングセンター2階の婦人服売り場で、客相手の仕事をしていた。一方妹の弘子は地下の食品売り場のレジ係でそれぞれ社員として働いたらしい。
「お二人は姉妹であることを、ずっと知らないまま勤務されていた訳ですね」
孝之がそう言うと弘子は頷く。その後すぐに美智子が・・・・
「妹と知らされた時、私は驚くと同時に、思わず涙があふれ出して止まりませんでした。正直、凄く嬉しかった」
鈴木美智子に関して、弘子は以前から顔は知っていた。まさか自分の姉とは微塵も気付かなかったという。対する美智子は、塚本弘子の名字と名前から、もしかして妹じゃないかと薄々感じていたらしい。
「長年私は塚本家には、必要の無い人間なのだと自分に言い聞かせて来ました。それが妹から、母親の本心を知らされた時は、正直驚かされました。長年のわだかまりが跡形もなく消え、恨みの念もすっかり消えて無くなりました。本当は生きている内に母親に会い、声を直接聞きたかった・・・今となっては、私のその思いは母には届かない。せめてお墓参りだけは、近いうちに行くつもりでいます」
「そうでしたか、きっとお母様にそのお気持ちは届きますよ。良かったですね、姉妹で助け合って、40年間の隙間を埋めてくださいね」
残りの人生を生きる楽しみが出来たと、まるで長年寄り添った姉妹のように意気統合した。その後二人は暫くすると、お礼の言葉を言い残し、深々とお辞儀して帰って行った。
二人が帰った後、孝之は窓の外を眺めながらしみじみと呟いた・・・・
「ふーっ、一時はどうなるかと心配した」
洋子は労いの言葉を孝之に掛けた。
「終わり良ければすべてよし・・・でしょう!」
「あっしまった! 写真を返すのを忘れた。わっ、まずいぞ!呪いの写真が・・・」
孝之は飛び上がり、事務机の引き出しを力任せに開けた。
「えっ呪いの写真って何???」
洋子は孝之の話がまったく理解できずにいた。いつか二人が写真を取に来る事を信じて、孝之は写真を封筒に入れて、その上から何重にも新聞紙で包み、厳重に箱に入れて金庫の一番奥に押し込んだ。
「了」



