予告犯(※ネタバレ注意) | シンカの進化

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シンカが日々の生活で体験したことを書いてみたいと思います。

今、車の定期点検中です。

その待ち時間を利用して、

ブログを書いています。

昨日、映画館へ映画を観に行きました。

僕は、よく、観る映画を決めずに、

到着した時間から、

30分後くらいに上映開始の映画を選ぶことが多いです。

30分という時間を取るのは、

チケットを買ったり、トイレに行ったり、

飲み物や食べ物を買ったりするのに使います。

今回、30分後くらい、に該当する映画が2つありました。

1つは、「予告犯」、

もう1つは、「海街diary」でした。

さて、どちらを選ぶか、幾分迷いましたが、

「予告犯」に決めました。

タイトルからの連想でしかありませんが、

刺激が強そうな映画を観たかったからです。

「予告犯」、想像した以上に、良かったでした。

最後の方で、涙が出ました。

映画は、あくまでもファンタジーの世界のものなので、

そこに僕は、リアリティーは求めません。

夢と一緒で何でもありで、

そこに作り手のメッセージが、

何らかの形で伝われば、良い映画と僕は判断します。

「予告犯」からは、僕はメッセージを受け取ることができました。

ストーリーは、複雑なので、省略させてください。

ネット上で探せば、ストーリーに出会えます。

要は、社会的に傷ついた者の、回復のストーリーです。

戸田恵梨香演ずる女刑事の発した、

「SOSを出せばいいのに」という言葉と、

生田斗真演ずる主人公が、戸田恵梨香の想像シーンの中で発した、

「頑張れるだけ幸せだった、あなたは」

という2つの言葉が、僕の頭から離れません。

その言葉は、正確ではないかもしれません。

社会の中で、傷つきを背負い、やっとやっと生きている人たちがいるのは確か、

自分だって、もちろん傷つきを背負って生きている部分はあります。

傷つきに対して、

両者の言葉は、共に意味はあり、

傷つきから、少しだけ這い上がることのできる人もいれば、

這い上がることのできない人もいる。

その差が何なのかは、よくわかりませんが、

這い上がれることが良いとか、這い上がれないことが悪いとか、

そう簡単に言えないことが、世の中なのだ・・・

と、思います。

この映画の中の救いは、

主人公、生田斗真の捨て身のメッセージによって、

少しだけ這い上がってみよう、と思う人が増えたのではないか、

という連想です。

作中にも、自ら主人公の身代わりとなった青年の、

「どんな小さなことでも、誰かのためになるのなら、人は動くんです」、

という言葉に象徴されています。

恐らく、主人公の死も、

けして無意味ではなかったはずだ・・・

と、僕自身が思うことで、

僕自身も少し這い上がっているのかもしれません。

後味は、スッキリとせず、

重いものが残る映画ですが、

残らない映画より、ずっと良いです。

這い上がれる術が多い世の中の方が、良いにはこしたことはないが、

這い上がれない人も確実にいる・・・

それが世の中なのだと、僕は思います。

では!