3.「官業」を大胆に開放する
三浦さんがエベレストに出かけたのは、実は、70歳が最初ではありません。
エベレストの高度8000mからのスキー滑降。ギネスブックに燦然と輝くこの記録を三浦さんが打ち立てたのは、1970年でありました。
日本では、まさに大阪万博が開かれ、多くの人でごったがえしていた時です。
動く歩道、コンピュータ制御の自動車、人間洗濯機。民間企業の展示館では、世界初の「夢のような製品」が提案され、多くの日本人が、心を躍らせたものでありました。
「世界一」を目指すこともできる。日本が自信と誇りを取り戻しつつあった時代でありました。その原動力は、日本人や日本企業の「民間の力」でありました。
80年代の土光臨調が、国鉄、電電公社、専売公社という三公社について、「民営化」の方針を掲げたのは、まさしく歴史の必然であったと思います。
そして、少子高齢化の時代に、新たな道を切り拓くことができるのも、「民間の力」である。そう確信しています。
エネルギー、医療、インフラ整備。がんじがらめの規制を背景に、公的な制度や機関が、民間の役割を制約している、いわば「官業」とも言える世界は、今でも、広い分野で残されています。
いずれも、将来の成長が見込まれる産業ばかりです。
この「官業」の世界を、大胆に開放していくこと。そして、日本人や日本企業が持つ、創造力や突破力を信じ、その活力を自由に解き放つこと。
これが、安倍内閣の仕事です。「民間の活力」こそが、アベノミクスの「エンジン」です。
(1)多様なエネルギービジネス
《電力システム改革》
そのための「電力システム改革」です。
戦後60年にわたって、地域に1社の巨大電力会社が、発電から送電、小売までを独占してきました。
しかし、数々のイノベーションが融合することで、時代は大きく変わりつつあります。
大分で見た、湯けむり発電。「さすが、小規模事業者」というアイデア。温泉町ならではの発想でもあります。エネルギーも、地産地消です。
燃料電池や蓄電池の登場により、消費者が自ら電気をつくり、賢く使う時代です。
さらには、エコ料金メニューによる再生可能エネルギーの拡大、ガスや通信サービスとセットで販売することで電力を安く販売するビジネスの登場。
小売の全面自由化と、発送電の分離によって、こうしたイノベーションの「可能性」を存分に引き出します。
他方で、供給源が多様化すればするほど、安定した電力の供給は難しくなる。電力の安定供給を確保する仕事は、並大抵なことではありません。
だからこそ、もっとイノベーションを起こさねばならないと考えます。経験豊かな電力会社の皆さんに、真の「プロ」として活躍いただき、さらなるイノベーションの創造者となっていただきたい。そう願います。
コスト高、供給不安、環境制約。電力システムを取り巻く課題は、山積です。これらを同時に解決する、ダイナミックで、壮大な、エネルギー市場の創造に向けて、誰もがチャレンジできる環境をつくりあげます。
その恩恵は、国民生活や国内の産業活動だけには、とどまりません。16兆円もの国内市場から生み出される、多様な電力ビジネスは、世界を席巻することもできる。そう確信しています。
現在、電力システム改革に向けた法案を、国会に提出しています。安倍内閣として、この法案は、是が非でも成立させていただきたい。そう考えています。
《環境アセスメントの運用見直し》
資源小国・日本の歩み。これは、あらゆるイノベーションを取り込んできた歴史でありました。その日本で生まれた、世界最高水準の発電技術。高効率の石炭火力発電です。
コストの安い石炭火力へのニーズは、世界で高まっています。世界の安定成長と地球温暖化対策に貢献する鍵は、石炭火力の高効率化にかかっています。
アメリカ、中国、インドにある石炭火力発電所が、日本の現在の技術に置き換わるだけで、日本一国分を超える二酸化炭素が削減されます。さらに、将来は、二酸化炭素を封じ込める技術へとつながる「可能性」を秘めています。
まさに、世界の二酸化炭素を削減する近道は、石炭火力発電のイノベーションを促すことなのです。
日本の石炭火力発電の高効率化をさらに進め、世界に展開をしてまいります。そのために、国内でも、世界最先端の技術を導入する石炭火力発電であれば、新規の建設ができる。環境アセスメントの運用を見直しました。
もちろん、風力発電や地熱発電などの再生可能エネルギーの発電施設についても、アセスメント期間を大幅に短縮し、さらに投資を加速させます。
あらゆるエネルギー技術を、国内で投資することで伸ばし、そして世界に展開する。これこそが、資源小国・日本の唯一の生きる道です。
今後10年間の日本の電力関係投資は、過去10年間の実績の1.5倍である、30兆円規模に拡大できると考えています。
(2)新たな健康長寿産業の創造
《健康・予防サービスの可能性を広げる》
有名な「タニタ食堂」。計量器メーカーのタニタは、社員食堂で低カロリーメニューを開発するなど、社員の健康管理に取り組みました。
その結果は、医療費が業界平均よりなんと2割も低くおさえられた。しかもそれだけではありません。社員食堂が、新たなビジネスとなりました。
「丸の内タニタ食堂」では、健康を求めるサラリーマンが、毎日行列を作っていると言います。
フィットネスや運動指導、そして食事管理。これまで想像もしなかった、健康長寿ビジネスが、民間主導でどんどん生まれつつあります。
しかし、ここでも規制が立ちはだかっています。医療行為との線引きが不明確でありどこまでやってよいのかわかりにくいという問題です。
そこで、民間の健康・予防サービスに新規に参入する皆さんを、法的に認定して、安心して事業ができるようにする新たな仕組みをつくりあげます。
金融面など、経済的な支援をやるためだけの認定ではありません。事前に確認を受けることで、規制の「グレーゾーン」を取り除き、適法なビジネスだとお墨付きを受けることができます。
規制をおそれず、どんどんこの分野に飛び込んでもらい、人々の健康ニーズに応えるサービスを提供してほしいと思います。
《保険制度の運用見直し》
新規参入に拍車をかけ、健康管理や疾病予防を大きく前進させるため、「疾病治療」中心の保険制度の運用を見直します。
保険を請求するための医療明細書、いわゆる「レセプト」の電子化は、これまで保険業務の効率化を目的としたものでありました。
これを、新たな産業を生み出すために活用します。
レセプトにつまっている診療情報。これを分析・評価すれば、健康管理につながります。様々なサービスを生み出しうる宝の山です。
すべての健保組合や国保などの保険者に対して、加入者の受診データの分析と評価を導入し、加入者の病気予防に取り組むように求めていきます。
現在の日本の医療費は、40兆円ほど。今、1%でも健康・予防サービスに振り向けられれば、4000億円もの新たな市場が生まれます。民間の多様なサービスを生み出すカネの流れができます。
そこから得られるものは、誰もが求める「健康長寿社会」。10年後には60兆円近くまで増加が見込まれる医療費も、今、官業を開いてくことで、その抑制にもつなげることができると確信しています。
(3)インフラ分野での民間の力の活用
《最新技術による長寿命化》
さて、我が国の社会資本整備は、高度成長時代の60年代から80年代にかけてピークを迎えました。これは、今後20年で、建設後50年以上を経過する施設が、加速度的に増えることを意味します。
笹子トンネル事故は、その現実を改めて思い知らせてくれました。
これを解決する鍵も、民間の力です。レーザースキャナーを使った非破壊検査や、センサーやロボットとITを組み合わせた新しい維持管理手法など、最新の技術がどんどん生まれてきています。
最新の技術を活用し、コストを抑えながら、安全性の向上を図る「インフラ長寿命化基本計画」を、本年秋にとりまとめます。
さらに、基本計画に基づいて、具体的な行動計画を策定し、あらゆるインフラの安全性の向上と、効率的な維持管理を実現します。
《PPP/PFIの積極活用》
長寿命化を進めてもなお、更新が必要なインフラもあります。
例えば、首都高速道路。東京オリンピックの前に開通し、半世紀を経て老朽化が大きな課題です。しかし、大規模更新にかかる費用は、8000億円から9000億円程度とも試算されています。
ここでも、民間の資金を最大限に活かします。官民のパートナシップでインフラ整備を進める、「PPP」や「PFI」の手法を活用することで、公的な負担をできるだけ軽減していきます。
例えば、都心環状線の京橋付近は、築地川を干拓して整備されたため、掘割が2kmほど続いています。
ただ更新するだけでなく、ここにフタをすれば、都心の一等地に、東京ドーム1個分以上、6ヘクタールもの新たな土地が生まれます。都市再開発による積極的な民間投資が期待されます。
ドイツのデュッセルドルフで、ライン川沿いの2km強の連邦道路を地下化したところ、市街地の再開発によって、1300億円の民間投資が生み出されたと試算されています。
空中権の売買も組み合わせることで、さらに必要となる公的な負担を大きく軽減できると考えています。
空港、上下水道、高速道路など、施設ごとの特性に応じた最適なPPP/PFIを推進していきます。このアクションプランを基に、今後10年間で、過去10年間実績の3倍にあたる12兆円規模のPPP/PFI事業を推進してまいります。
「芸術は爆発だ!」
大阪万博の『太陽の塔』で世界の度肝を抜いた、岡本太郎さんの有名な言葉です。
岡本さんは、日本が焼け野原から再び立ち上がろうとしていた昭和29年、著書「今日の芸術」の中で、こう述べました。
「すべての人が現在、瞬間瞬間の生きがい、自信を持たなければいけない、そのよろこびが芸術であり、表現されたものが芸術作品なのです。」と。
一人ひとりが、その生き方に誇りを持ち、それぞれの持ち場で、全身全霊をぶつける。岡本さんの、日本人に向けた強烈なメッセージだと思います。
岡本さんの言葉は、芸術論のように見えて、実は、人生論であり、成長論でもあると、私は思います。
今こそ、日本人も、日本企業も、あらん限りの力で「爆発」すべき時です。
「民間活力の爆発」。これが、私の成長戦略の最後のキーワードです。