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第二回甲子宴九州山口大会抽選会

本日、福岡のキャナルシティー内のどっかで、抽選会があった


私は、皆様ご存知の通り、たぶん入院中の為、お手紙での参加とさせていただきました


手紙の内容は以下


皆様、九州大会ご出場おめでとうございます。
このおめでたい席に、こういう話もどうかと思うのですが・・・ご存知の様に、わが宇部内閣が総退陣致しまして、私自身は現在緊急入院中となっております為、抽選会に参加できません。
甲子宴九州大会、私も今後どうなるかわかりませんが、皆さん頑張りましょう!


と言う事であるようなのですが・・・


代わりの方が抽選に参加していただけたようで!


なんとか、一回戦に出させてもらえることになりました!


一回戦は10月5日(金)に決定


まだ、詳しい内容は届いておりませんが・・・


なんとか、それまでには体調を戻し


元気な素顔で勝負して行きたいと思います!!()キャッ


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本日、店内では密かに、戦国甲子宴 第5戦 も開催しておりました。


16時頃、お店からの連絡


スタッフ : すいません、楽シーサー2人しか座ってませんが・・・


晋三   : ・・・


スタッフ : パルサーが2人で、ルパンが5人です


晋三   : ・・・・・・ 、 了解しました。


正直、負けるかと思っちゃいました。


朝からぶん回してくれた方々


ラスト2時間、ぶん回してくれた方々


ありがとうございました!


さごぢょ殿  今日は対戦していただき、ありがとうございました!


またのお手合わせを、楽しみに・・・。



しかし、今日の確率はこりゃ~厳しい声は覚悟だな!


でもね、最終の時点で判断していただきたい!


只今、21時・・・


どの機種も頑張ってんじゃん!

明日もがんばっとるよ~

何かやらねば・・・


明日は21日、一ヶ月の中で一番燃える日だ!


戦国甲子宴対象機種はいつも通り頑張るが・・・


それ以外も( ̄ー ̄)ニヤリ


パチンコはさらに行くよ!


スロット・・・黙って出す!


お楽しみに~♪

宇部 晋三を分析してみます

今日は、宇部晋三の内部を全て分析してみました・・・。

まずは脳内・・・。


悩みは別に無いのですが・・・


食・遊・秘は、あってるかも( ̄ー ̄)ニヤリ



本家との愛称は・・・


良いのか?でもからむことは無いから・・・




前世は・・・戦いから逃げていたのか?


しか~し、今は・・・


逃げませんよ~。対戦要求はいつでも!!



おら、指フェチだったのね



体内

体は・・・


実際に、病んでます




正面
正面からは・・・


辞任のことで・・・・迷ってましたかね~



なんかいろいろあったっす


これおもしろい・・・


本名でもやってみよ




追加


戦国武将診断なるものを・・・


●武力:60点 [普通]
あなたの武力です。この値が高いほどあなたは敵をなぎ倒していき、戦闘で能力を発揮できます。現在でも愛する人を怪しい人から守るなどの時に役立つことでしょう。
●知力:55点 [普通]
あなたの知力です。この値が高いほど頭がいいことになります。戦闘で仲間の損害を最小限に抑え、相手の損害を大きくすることができます。現在では、有名大学に入って、一流企業に入るもよし学者となって、後世にまで受け継がれるような研究を行っても良いことでしょう。
●魅力:60点 [普通]
あなたの性格の良さです。この値が高いほど、周りの人の喜びを常に考える性格のいい人であるということです。
●政治力:65点 [よくできました]
あなたの政治力です。戦国の世でのし上がっていく為には、朝廷や他勢力といかに交渉するかも大事です。この値が高いほど、あなたは自分の会社などで勢力を持ち、出世していくことができることでしょう。
●才能:95点 [すばらしい]
音楽ができるとか人を笑わせるとか、ちょっと個性的な才能。秀吉が天下をとることができたのも個性的な才能を十分発揮することができたからでしょう。


あなたのは豊臣秀吉に似ています。浅井長政の離反による越前からの撤退戦、すなわち「金ヶ崎の退き口」での活躍は、それまでの秀吉のイメージを一新した。信長の身辺での働き、清洲城の塀修復、薪奉行としての倹約、墨俣の一夜城(これに関しては異説もあるが)。これらの功績は、信長には認められるものの、居並ぶ織田家武将たちをうならせるには十分でなかった。しかし、信長の危機を救うため、決死の覚悟で殿軍を務めたことで、秀吉の武将としての力量は初めて周囲の知るところとなった。もっともこの成功には、美濃衆竹中半兵衛の才幹が大きく寄与したと言われている。姉川の合戦後、信長の命で横山城に入り、小谷城包囲の一環を担う。浅井勢は目と鼻の先に陣取った敵が目障りで、何度も奪回を試みるが、秀吉は死守。秀吉は半兵衛と協力して城を守る傍ら、頭脳プレイをもって浅井滅亡への道を切り開いていく。虎御前山に砦を築き、桟井氏重臣たちの勧降工作を進め、支城主を寝返らせ小谷城を孤立させていったのだ。桟井攻めの論功行賞で、大抜擢され、初めて城主となった秀吉は、柴田・丹羽の両先輩にちなんで、姓を木下から羽柴へと改めた。これも保身のために半兵衛が授けた策だったと言われている。
だって!