本症例は、境界不明瞭な小結節でした。早期肝細胞癌から進行肝細胞癌にいたる過程の状態で、診断は肝細胞癌です。進行肝細胞癌より早期肝細胞癌の方がより画像所見も病理組織所見も近いと思われます。図7-1は超音波検査画像と病理組織像(ルーペ像)を対比した図です。上下左右を合わせているので、おおむね1対1の対応ができでいます。病変の境界が比較的明瞭な部分を⇒で示しています。超音波画像で、この部分は境界が比較的明瞭で部分的に境界部低エコー帯(ハロー)があるように見えます。しかし病理組織上はハローに相当する線維性被膜を認めません。ハローのように見える部分は結節境界部の圧排された血管と思われます。すなわち血管がハローのように見えているのかもしれません。ただ、この境界部の血管がやや圧排されていることから、この部分は膨張性発育をしはじめている部分と推察できます。膨張性発育は進行肝細胞癌の特徴です。図7-2は超音波画像で境界が不明瞭に見えた部分です。高エコーになっているため、境界を認識はできますが、病理組織では線維性隔壁もなく、正常組織との境界がよくわかりません。病変の周囲への圧排所見もなく、浸潤性発育をしている可能性があります。この病変は肝癌取り扱い規約の小結節境界不明瞭型に属する病変と思われます。この肉眼型の病変は膨張性発育をせず、浸潤性発育をする早期肝細胞癌に多いといわれています。本症例では、膨張性発育をしている部分と浸潤性発育をしている部分が存在する点で、早期肝細胞癌(浸潤性発育)から進行肝細胞癌(膨張性発育)に進展する途中の病変と思われます。

図7-1

図7-2

 さて図7-3を見てみましょう。造影超音波所見の解説で出た図です。後血管相で超音波造影剤のバブルを破裂させて強い反射波を発生させることで(高音圧モード)、病変部に造影剤が存在するか(バブルを取り込む網内系組織が存在するか)を見た画像です。⇒の部分が病変部です。病変の足側辺縁は欠損像になっています。病変の足側には網内系組織が欠損していて、進行肝細胞癌になった部分と考えることができます。しかし大部分は周囲にくらべて造影が乏しいですが、反射波を認めます。この部分は確かに造影剤のバブルが存在し、それを取り込む網内系組織が残されていると思われます。周囲より造影効果が悪いのは網内系組織が存在するといっても、癌によりすこしずつ破壊されているからでしょう。この画像を見ても、この病変は早期肝細胞癌(網内系が保たれているかやや低下している)から進行肝細胞癌になる途中の段階と言えるでしょう。

図7-3

図7-4

 図7-4はこの造影効果がわずかに残っている部分の組織像です。高分化型肝細胞癌の組織でしたが、前回の解説のように、進行肝細胞癌でみられる門脈域の破壊像が少ない組織像でした。やはりまだ完全な進行癌になっていない状態と考えてよいと思います。

 図7-5はダイナミック造影MRIです。病理像が重なり見にくくてすみません。造影により病変が動脈相で濃染するものの、門脈相、平衡相では周囲と等信号に造影される所見です。動脈相で濃染するのは病変に腫瘍血管が増生し、それが既存の動脈と交通したためです。これは早期肝細胞癌がこれから進行肝細胞癌になる途中によく見られます。病理で門脈域が保たれていて、門脈に腫瘍浸潤がなく、門脈が破壊されていないので、門脈相では周囲と等信号になります。図7-4の病理組織は病変内に取り残された門脈域の画像です。また門脈が破壊されていません。この後、さらに癌が門脈域を破壊すると門脈が破壊され、門脈内の血流がなくなり、門脈相で周囲より低信号になるのです。図7-6は、異型結節(前癌病変)から早期肝細胞癌、やがて進行肝細胞癌にいたる過程で、動脈血、門脈血がどのように変化してゆくかをCTA(CTangiography)、CTAP(CTarterioportography)で検討したものです。赤で囲んだ部分のどこかの段階に本病変が存在すると考えます。図7-7はEOBという造影剤が15分後に肝細胞内に取り込まれる像を見た肝細胞相の画像です。EOBはOATP5という肝細胞の受容体から肝細胞内に取り込まれます。しかし、病変が異型結節(前癌病変)から早期肝細胞癌、進行肝細胞癌になるにつれて細胞膜のOATP5受容体の発現がなくなり、典型的な進行肝細胞癌ではEOBが病変内に取り込まれません。本症例の組織は高分化型肝細胞癌で、まだ癌細胞膜にOATP5受容体が残存しているのかもしれません。病変部が肝細胞相で染まります。まだ完全な進行肝細胞癌でないといえるでしょう。このようにいろんな画像と細かく検討し、肝細胞癌の進展の病理を知識として持つことが、この病変の理解のために重要です。

図7-5

図7-6

図7-7

最後に図7-8で超音波画像と病理組織像をもう一度検討します。超音波画像ではかなり高エコーの結節としてみえる部分が画像の上(腹側)に見えます。この部分からモザイクパターンを連想します。しかし、病理組織でこの部分はパラパラと脂肪滴が存在するのみです。これを説明するのは難しいのですが、おそらく脂肪組織=高エコーという短絡的な発想では理解できないのだろうと思います。なぜならば純粋な脂肪組織(皮下脂肪組織)は無エコーに近い低エコーだからです。高エコーになるのは、脂肪組織+αが必要なのです。