人間は、誰だって自分を大きく見せたかったり

立派な人間と思われたかったりするということがあります。

そういう時、思わず周りに対してつい見栄を張ってしまったりするのです。

では、そういう時の心理はいったいどういうものなのか。

そこで今回は見栄を張る心理についてご紹介していきます。






『本当は自分に自信がないから見栄を張る』


人に対して見栄を張ってしまう人は、

本当は自分に対して自信がないから、

思わず見栄を張ってしまうのです。

自分自身に対して誇りを持っていたり、

しっかりと自信を持っている人は、

人に対して大きく見せたりする必要がないのです。

そのため、人に対して見栄を張るということはせず、

堂々と自然体でいることができるのです。

しかし、自分に対して自信がない人は、

心の中に不安を抱えています。

そのままの自分では通用しないのではないか、

受け入れてもらうことができないのではないか、

ということを、常に心配しているのです。

ですから、つい人に対して自分というものを

より大きく立派に見せようとして、

つい見栄を張ってしまうのです。

しかし見栄をを張っていても、

実際には実力がアップしているわけではありません。

その見栄を聞いている相手は素直に

「それはすごい」と言ってくれるかもしれませんが、

本当は実力不足ということを、

自分自身が一番よく分かっているのです。

そのため、いくら見栄を張っても心が満足するということがありません。

そう言うことを、本当は自分でも心の底でよく分かっているのです。

いくら見栄を張っても、結果的に何の解決にもならないし、

かえって自分を追い込むことも分かっているのですが、

自信のない自分を認めることができずに、

つい見栄を張ってしまうのです。

そういう心理が、見栄を張る人の心の中にはあるのです。








『コンプレックスがあるから見栄を張る』


見栄を張ってしまう人の心理に、

実はコンプレックスがあるというものもあります。

ただ自分に自信がないだけではなく、

特定のことや人に対してコンプレックスがある場合、

思わず見栄を張ってしまうのです。

普段そんなに見栄を張るようなことがないのに、

急にある人と話している時だけ

見栄を張ったりするような場合、

その人に対して何か心の中で

コンプレックスを抱いているのかもしれません。

職場で他の人には見栄を張らないのに、

同期に対してだけは見栄を張るなんて言う場合、

もしかしたら、どこか相手に負けているというような気がして、

コンプレックスを刺激のされてしまうのかもしれません。

また英会話の習得が話題に出た時、

急に自分は実は英語が話せるなんて見栄を張ってきたら、

英語が話せないこと本人がとても気にしているかもしれないのです。

そのために、ついオーバーに話して見栄を張ってしまうのです。

そんなコンプレックスが刺激された時、人は見栄を張ってしまうのでしょう。







『見栄を張る人は、ついオーバーに話してしまう』


そんなつもりがなくても、つい見栄を張ってしまうということがあります。

自分では見栄を張るつもりではなくても、

オーバーに話してしまい、結果的につい見栄を張ってしまうのです。

そういう見栄を張る心理には、どういうものがあるのでしょうか。

実は本人が気が付いていなくても、物事をオーバーに行ってしまうという人がいます。

いわゆる誇張癖というものですが、つい調子に乗って口が滑り、

実際の自分よりも物事を大きく話してしまうのです。

よく「うちの奥さんはとても美人」というようなものや

「実は実家は資産持ち」などとたわいもないことを

オーバーに話しているひとがいますが、

実は本人も深く考えおらず、なんとなく大げさに話してしまうのです。

そういう見栄は、あまり気にする必要はないかもしれません。

一種の口癖のようなものですから、話半分に聞いてあげればいいのです。

そういう見栄を張る人はいつも同じようなことを言いがちなので、

適当に聞いておいても問題ないといえるでしょう。

本人も、それほど深刻に考えていないのです。

「つい見栄を張っちゃった」くらいの気持ちでいるのです。







『自分に有利に物事を運ぼうとするために見栄を張る』


見栄を張ってしまう人の心理に、

実は物事を自分に有利に運ぼうというものがあります。

仕事上で見栄を張ったりするのは、

そうすることが自分にとって有利だからです。

相手に対して見栄を張って有能であると思わせたりすることで、

契約を結ぶことができたり、

仕事上有利な条件を提示することができるということもあるでしょう。

こういう見栄を張る人は、その見栄を張るということが

いかに役に立つかということを分かって、

その上で見栄を張っているのです。

いわゆる確信犯ということですから、

本当は自分にはそれだけの実力や能力がない

ということも分かっています。

しかし、世の中はきれいごとではうまくいかないとも考えているので、

要所要所で自分を演出するような気持ちで、見えを張っているといえるでしょう。

ある意味一種の処世術ともいえます。

そういうものも、場合によっては必要なのかもしれません。




仕事で交渉ごとをするときは相手より優位に立つ必要がありますが、

仕事以外でいい人間関係を築きたいなら、

見栄や虚勢は控えたほうがいいでしょう。

相手との関係は、自分が上に立ったり対等の立場でいるより、

少し格下くらいでいたほうが一番うまくいきます。

大抵の人が人より有利に立ちたいと思ってますから。

しかし人はついつい余計なことを言ってしまうものです。

押さえようとしても見栄が出てきます。


















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