「子どもが生まれたら、あれもしよう、

これもしてあげようって思ってたんですよ。」

ところが、いざ直面した子育ての現実は

そのどれもがままならない。

理想と現実の違いに戸惑って

上手に我が子を愛せなくなってしまう。


妊娠中には「母親学級」がありました。

いまでは夫婦で参加する「両親学級」や

「父親学級」を行う病院や

産院も珍しくありません。

どうして「お母さん学級」はないのでしょう?


いまの社会には

「母親になるための教育(産むための教育)」

はあっても

「お母さんになるための教育(育てるための教育)」

をしてくれる仕組みはありません。

「産んだら誰でもお母さんに

なれるに決まっているでしょう」

とでも言わんばかりです。



この考え方は古い慣習のようなもので、

「母性神話」「母性信仰」と

呼ばれるものに起因しています。

「もともと女性には母性がある」

「産めば自動的に母性が沸いてきて、

子どもの世話をしたくなるものだ」。

こんな古くからのまるで神話のような言葉によって

「お母さんになるために教育なんていらない」

というのが常識になってしまっているかのようです。



本来子育ては本能ではなく

学習で身についていくものなのです。

つまり「新しい習慣を作る」ということ。

この「新しい習慣」こそが育児であり、

母性を育てるということの正体だったのです。

母性は女性だけでなく

男性にもあることが判っています。

習慣から身につくのですから

当然と言えば当然かもしれません。

そして、脳の構造からいえば、

本能を行動に結びつけるのは

睡眠中に作られるホルモンと

それが伝達されやすくなるための

経験が必須であるとされています。

つまり、睡眠不足の疲れている状態では

母性は限りなく発揮されづらい状態にあるのです。



「いいママ」でいるためには、まず睡眠が必須

というひとつの科学データがあります。

忙しい日常で睡眠時間を確保するためには、

「手を抜く」ということを

まず身につける必要性があるかもしれません。

眠れるときに眠る、いまやらなくていいことは

先に延ばして睡眠を優先する。

ママのゆとりは結果的に子どものため、

という考え方です。

スキンシップの意味も含めて、

親子でお昼寝してしまうのも、

いいのかもしれません。



また、習慣というのは反復練習で

ようやく身についてくるものです。

ということは、慣れるまで居心地が悪い時期が

あるということを理解しておきましょう。

「習い」「慣れる」それが「習慣」の正体です。

子育てや母性というのは、

居心地の悪い時期を乗り越えて

慣れた末にようやく手に入る新しい習慣です。

決して一朝一夕には手に入りません。

だからこそ、慌てる必要もなければ

いま完璧にできない自分を責める必要もないです。



そもそも、育児に「絶対」はありません。

お子さんは一人一人すべて違うし、

それは例えば同じDNAを持つ兄弟姉妹であっても

決して同じに育たないのがその証拠です。

育児書通りに子育てしても、

子どもがその通りに育つことはないでしょう。

それどころか周りからは「マニュアル世代」

などと揶揄されてしまうことも。

このような努力が空回りする

育児ストレスが余計にお母さまたちの

「アイデンティティの受難」を招いているそうです。



完璧なお母さんより、

ちょっと抜けているくらいが

子どもを楽にするという説もあります。

子どもは大人が思う以上にたくましく、

ある意味生きることに

長けた存在だからです。

育児は誰のためなのか。

完璧なお母さんを本当に

子どもたちは望んでいるのか。

子どもは誰でもみんな、

無条件にお母さんが大好き。

そのことをまずはしっかりと

受け止めてあげてください。








応援よろしくお願い致します。


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