月の満ち欠けをもとにした暦を

「太陰暦」といいますが、

月は約29日かけて地球を周るため、

季節に変化をもたらす

太陽の動きとの間にずれが生じます。


そのため、「太陰暦」は

年ごとに月日と季節の誤差が生まれ、

季節を知る目安になりませんでした。



そこで、古代中国で考えられたのが、

月日は月の運行をもとに、

季節は太陽の運行を

もとに定めた「太陰太陽暦」です。

その主な特徴が二十四節気で、

太陽が移動する天球上の

道筋(黄道)を二十四等分し、

各節気の間隔を約15日と定め、

月の運行とは関係なく、

季節の推移を知ることが

できるようにしました。

日本では飛鳥時代の頃より採用され、

日本の季節に合うよう

改定が重ねられました。



現在私たちが使っているのは、

太陽の運行をもとにした「太陽暦」です。

明治6年に「太陽暦」に改暦され

現在に至るのでこちらを新暦と呼び、

改暦以前に使われていた「太陰太陽暦」

である天保暦を旧暦と呼んでいます。



季節を知る目安は太陽の動きであり、

二十四節気は太陽の動きを

もとにしているため、

新暦でも旧暦でも節気が来る日に

変わりはありません。

だから、現在でも季節感を

あらわす言葉として暮らしに

根付いているのです。



ただ、時として実際の季節感と

ずれを感じることもあります。

たとえば、小寒や大寒

(この2つの節気を寒中といい、

寒中見舞いを出す期間です)

は実感できても、

大寒のあとの立春に

「暦の上では春です」と言われても、

なかなかピンとこないです。

これは、二十四節気が

古代中国の文化の中心だった

黄河流域(中国華北地方。

日本の東北北部と同緯度)

で作られたことと、

気温の変化は光の変化より

2週間ほど遅れるためです。






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