今日は親子の関係について書こうと思います。

最近、少し減ってきた気がしますが、

友達のような親子に憧れている人が多いように思います。

しかし、親子と友達と言うのは全く別物で、同じ人物に二役は出来ません。

と僕は考えております。



親と言うのは子供に対して無償の愛を与えなければなりません。

そのためには子供が本当に困った時とか、人生の決断をする時に

それを指南する必要があります。

常に、相談するのではなく、

「いざ」と言う時に頼れるのが親だからです。

そして、親にはそれだけの知識と度胸と受け止める気持ちが必要です。



しかも、そういう事は絶対に友達には相談しません。

なぜなら友達では知識とか、常識とかが、

自分と同じ程度のレベルであり、

自分の決断と友達の決断ではあまり大きな差がないからと言えます。

多少の事はもちろん相談すると思います。

自分が迷う事でも、友達に相談して、

同じ意見ならそれが正しいかも?  とか

自分に自信をつけて行く時に、一般的な考え方が必要だからです。



逆に言うと、親は子供から見れば圧倒的な立場でないと、

こういう時に子供に頼られる事はありません。

親が子供から下に見られるならば子供に

色々な事を教える事が出来なくなります。

自分よりも下の人に物事を教えてもらおうとは思わないからです。

実際に友達のような親子関係の家庭では、

子供が本当に困った時には親に相談できないと

考えている事が多いそうです。



実はこれは色々な問題につながります。

一つは社会生活を送る事が難しくなります。


子供は自分の思い通りにならないと「泣きます」。

泣く事で親を困らせて、自分の思い通りにさせようとするのです。

親が子供が泣いていてかわいそうとか、困るとか思って、

子供の言う事ばかり聞くようになれば、子供は泣けば何でも叶う。

と思うようになります。

それはまだ何も話が出来ない産まれた直後から

親にも子供にも刷り込まれて行くのです。

物事がわかるようになったらきちんと教育をしようと

考えている親も多いのではないかと思います。

しかし、それが「いつ」と言える事はあっても、

実際には時間の流れは連続で、きちんと決める事が出来ません。

例えば、小学校に入学したら、と言うのは一つの区切りだと思いますが、

それでは遅く、小学校の授業が崩壊してしまうかもしれません。

実際に小学校の授業で子供が走り回っている

と言う話はテレビでも報道されています。

もちろん、その後も改善される事はありません。



また、一時期、「キレル子供」と言う表現がありました。

特にこの子供の親はエリートの家庭であったりして、

世間では普通ではない、子供がたまたまそうなっただけ、

と言う雰囲気で片付けられていたように思います。

しかし、エリート家庭と言うのは、子供が小さい時期に

きちんと親と子供が向き合う事を出来ていない場合が多いのではないかと考えております。

その分、子供を甘やかしてしまい、我慢させると言う事を

教えられていないのではないかと思います。

何か自分でしようとした時に、突発的にやるのではなく、

それをしてしまうとその後の自分はどうなるか、

相手の人はどうなるか、などを考える事が普通ですが、

それは一時の我慢が出来るからです。

我慢が出来ないと切れる子供と言うように呼ばれてしまうのです。



最も小さい社会は家庭です。

その家庭の中が社会に出るための準備と捉えられていないと、

社会が秩序をなさ無くなる可能性があると考えています。


小さな人間関係も大事にして行かないといけないのだと

思っています。